平家物語第四巻「鵺」の段です。もののけを退治した源頼政は、褒美として、天皇から「獅子王」という名剣を授かります。獅子王は、現在、国立博物館で見ることができます。歌人としても知られる源頼政は、平氏政権下、源氏の長老として平清盛に仕えます。頼政は、平清盛に反発した以仁王(高倉宮)の謀叛の計画に加担しますが、宇治平等院の戦いで敗れ、自害しています。この以仁王の挙兵は、その後の頼朝挙兵、源平合戦、平家滅亡へとつながっていきます。頼政が、出世したのに「よしなき謀叛」を起し、高倉宮も失い、我が身も滅ぼすとは、ひどいことだ、と平家物語は結んでいます。思えば、鵺は、天皇家にとって、平清盛のことだったのかも知れません。
鵺とは、本来、トラツグミを指しますが、平家物語以降は、もののけの名前になっていきます。鳴き声が似ていると言われたばかりに、名前を奪われた格好です。トラツグミの鳴き声は、YouTubeで聞くことができますが、長い余韻を持った「ヒュー」という独特のさえずりが特徴です。知らなければ、鳥のさえずりには聞こえないかも知れません。トラツグミは、主に、夜に鳴くとされています。漆黒の闇のなか、どこからともなく、このさえずりが聞こえてくるとすれば、結構、気持ちが悪いと思います。ましてや、平安末期の人々にとっては、かなり不気味だったと思います。
ところで、頼政が射貫いた鵺の死骸は、船にくくられ、川に流されたとされます。そのたどり着いた先については諸説あり、いくつかの地方や寺に、鵺を弔ったという伝承や塚が残されています。能楽「鵺」では、たどり着いた先が摂津国芦屋の里と設定され、鵺の亡霊が、僧侶に弔ってくれと頼みます。今般、国立能楽堂で、世阿弥作になる「鵺」を、はじめて観る機会がありました。蝋燭の灯りだけで演じられる、いわゆる蝋燭能でした。幽玄の極致とも言える舞台でした。世阿弥は、この灯りを前提に曲を書いていたのか、と思うと、味わいも一入でした。橋懸りに登場した鵺の亡霊は、まさに応挙の幽霊そのものでした。
40年ほど前、鵺が広く知られることになる機会がありました。横溝正史の最後の長編を映画化した「悪霊島」のキャッチ・コピーが「鵺の鳴く夜は恐ろしい」というものでした。TVCMも、結構、流されていたので、鵺は広く知られることになりました。。公開直後に横溝正史が亡くなったこともあり、映画はヒットしました。また、前年にジョン・レノンが暗殺されており、挿入歌にビートルズを使ったことも話題となりました。ただ、ストーリーに、鵺は直接的には関係していませんでした。(写真出典:ja.wikipedia.org)