2021年12月19日日曜日

「浅草キッド」

監督:劇団ひとり          2021年日本

☆☆+

「やっぱり板に乗ってる奴は強いな」。数年前のTV番組で、テンダラーのネタを見たビートたけしが、思わず口にした言葉だと記憶します。板とは、 舞台のことです。テンダラーは、大阪のベテラン漫才師です。東京へ進出し、TVで活躍する吉本芸人が多い中、難波花月の舞台に立ち続ける芸人です。 ビートたけしのこの言葉は、強く印象に残りました。多少売れるとTV専門になる芸人が多いなか、芸人の居場所である舞台を忘れるなよ、芸人魂を失うなよ、と言っているようにも聞こえました。そして、お笑いBig3、あるいは映画監督としては”世界のキタノ”とまで呼ばれるようになった今も、この人は浅草を忘れていないな、と思わせる言葉でもありました。

 Netflixが制作した「浅草キッド」を見ました。泣けました。昭和の浅草芸人の心意気に、師弟愛に泣けました。主役は、修業時代のビートたけしではなく、その師匠であった深見千三郎(ふかみせんざぶろう)その人だと思います。それは、同時に、芸人ビートたけしを形作っているもの全てを伝える話でもあります。正直なところ、映画としては、イマイチだと思いますが、原作の良さで何とか格好が付いた、というところです。画面構成、演出ともに、映画的な広がりや奥行きに欠け、TVっぽい仕上がりになっています。原作者が超有名人で、かつ生存者も多い中で書く脚本には制約が多く、あるいは情報量が多すぎて、映画らしく仕立てるのは難しいのだとも思います。

深見千三郎は、浅草のヌード劇場フランス座のコント師であり、後には経営者にもなりました。テンポの良さ、マシンガン・トーク、アドリブなどでセンスの良さが光り、コント師で"師匠"と呼ばれたのは、この人くらいだとも聞きます。戦前に隆盛を極めた浅草も、戦後は場末感が漂っていました。そのなかでもヌード小屋の幕間コントとなれば、一段低く見られて当然です。ただ、深見は、浅草の軽演劇の伝統を守り、芸人としてのプライドを高く保持した人だったようです。それだけにTV等には一切出ることがなく、その名が広く世間に知られることもありませんでした。ただ、渥美清、東八郎、萩本欽一、伊東四朗、そしてビートたけし等、多くの浅草芸人を育てたことで名を残しました。「芸人は笑われるな、客を笑わせろ」という言葉に深見の芸人魂を感じます。

深見を演じたのは、大泉洋です。センスの良い役者であり、達者な役者だと思います。ただ、小綺麗さ、そつのなさゆえ、深見のリアリティや深さを出し切れていません。本作が映画としての奥行きに欠ける理由の一つです。石倉三郎あたりが適役だと思いましたが、既にTVドラマ化された際に、深見を演じているようです。ビートたけし役の柳楽優弥もなかなか頑張っています。ただ、当時のビートたけしが持っていたであろうギラッとした感性やハングリーさには欠けます。総じて、よい子たちで小綺麗にTV用の再現ドラマを作りました、といった印象です。ある意味、浅草からは、随分と遠いところで作られた映画です。ただ、深見の最後の妻だったストリッパーを演じる鈴木保奈美には感心しました。いい味を出しています。こんないい役者だったと知りませんでした。

1983年、深見は、煙草の火の不始末で火事を出し、焼死しています。TV局の楽屋で、訃報を聞いたビートたけしは、壁に向かって、黙々と、深見直伝のタップダンスを踏んでいたと聞きます。いつ聞いても泣ける話です。師弟関係の全てが詰まった話です。ビートたけしという人をよく伝える語です。当然、映画のハイライトは、このシーンだろうと思いながら見ていましたが、あまりませんでした。この有名なエピソードを映像化しなかったのは、なにか理由があるのかも知れませんが、映画としては大きな損失だったと思います。(写真出典:av.watch.impress.co.jp)

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