2021年12月15日水曜日

「クナシリ」

 監督:ウラジミール・コズロフ        2019年フランス

☆☆

国後島は、日本で6番目に大きな島です。日本の島を大きい順に並べると、本州、北海道、九州、択捉島、四国、国後島、沖縄本島、佐渡島と続きます。択捉島は九州の86%ほど、国後島は、四国の80%程度という大きさになります。構成上、北海道と沖縄を別枠で掲載している日本地図が多いので、大きさの感覚が分からないという問題があります。北方四島は、日本固有の国土ですが、1946年以降、旧ソヴィエトが不法占拠し、現在のロシア連邦に至るまで実効支配が続いています。不法占拠以前の北方四島は、17,000人の日本人が暮らし、ロシア人は一人も住んでいません。また、帝政ロシア、旧ソヴィエトとの国境問題も、一切ありませんでした。全くの不法占拠としか言いようがありません。

一時期、北方四島との交流や経済支援が行われましたが、現在は全てストップしています。なかなか実態の分からない国後島を取材したのが本作です。ゴミと廃墟ばかりが目に付き、他には戦車と希望のない日々を送る島民たちが映し出されます。あたかもうち捨てられた島といった風情です。不法占拠以前、日本人が築いていた島の生活との対比によって、捨てられた感が強調されています。戦車が並ぶ様は、政府が、国後島に軍事的意義しか見ていないことを示しています。住民たちの口からは、政府に対する不満が漏れます。中国やロシアの住民が政府批判を行う映像は希です。そういう意味においては、貴重な映像だと言えます。

ドキュメンタリー映画の肝は、監督の思想やジャーナリスティックな目線だと思います。本作は、そこが極めて薄い印象を受けます。政治的なプレッシャーがあったのかも知れませんが、監督のメッセージがほぼ感じられません。滅多に行けない島で、政府に不満を漏らす島民を撮り、多少戦車を映すだけでは、退屈な映画になって当然です。国後島は、大きく変化する国際政治の影響を受けてきた島です。本土から連れてこられた島民たちは、歴史の波に翻弄された人々です。本作は、そういった視点も持たずに、ひたすら”うち捨てられた島”というイメージだけを伝えます。”極東にはこんな島もあります、知らなかったでしょう”的な映画であり、TV番組程度の作品とも言えます。

東西冷戦下にあった旧ソヴィエトに比べ、ロシア連邦の軍事費は削減されました。また、日本の仮想敵国ナンバー・ワンは、旧ソヴィエトから中国へと移り、自衛隊の配置も北から西重視へと変わっています。ロシアにとって、国後島の軍事的意義は、当然、下がります。そのような背景から、国後島には、十分な予算が割り当てられない時代が続き、島の荒廃が進んだのでしょう。ただ、2006年以降、軍事ではなく、経済的観点から極東開発が本格化します。また、国後島の豊かな自然は、結果的に手つかずのまま残されています。知床が世界自然遺産に登録された際には、将来、政治的解決を見た場合、北方四島も加えるという付帯決議もなされています。本作は、そういった島の歴史や現状をまったくと言っていいほど伝えることなく、淡々と展開します。

ロシアも中国も、伝統的に戦略的深度、いわゆる緩衝地帯の確保にこだわります。ミサイル等がハイテク化した現代にあっても、最終的には陸上兵力が重視されているわけです。北方四島に関するロシアの執着も、国土拡大や漁業権ではなく、軍事的牽制が目的なのでしょう。10年ほど前、日露首脳会談で、平和条約締結、およびそれに伴う歯舞・色丹二島返還への期待が膨らんだ時期がありました。ちょうどその頃、釧路へ出張し、経済界の皆さんと話す機会がありました。建前としては、無論、四島同時返還ですが、本音としては二島返還を望む声が多くありました。二島が返還されるだけで、その海域における漁業権が、倍近く拡大されるようです。もし実現すれば、釧路は、札幌に次ぐ北海道第二の都市になるだろうとも言っていました。(写真出典:movies.yahoo.co.jp)

マクア渓谷