2021年11月14日日曜日

タレントCM

かつて広告や宣伝に関わる仕事をしたことがあります。その際、TVCMの制作現場に、スポンサー代表として、何度か行きました。まず、驚いたのは、スタッフの多さです。70~80人はいたと思います。映画のエンド・ロールには、延々とスタッフの名前が流れます。フィルムを作るということでは、CMも同じです。良いものを作るためには、相当な人数が必要なのでしょう。それは理解できます。とは言え、ランチのために料理人が3人も来て、数種類の美味しい料理を作っていることには驚きました。あるいは、天井からホコリが落ちるという演出があり、そのために3人のスタッフが天井の吊り格子にスタンバイしていました。いずれも必要なのでしょうが、人件費はじめコスト削減をうるさく言われる一般企業の感覚からすれば、まったく信じがたい光景でした。

一方で、タレントの才能の豊かさにも驚かされました。タレント(才能)と呼ばれるくらいですから、当然であり、特に知名度の高い人たちのセンスの良さは、群を抜いているのでしょう。演出家の曖昧極まりない要求に対しても、的確に対応していく様には、本当に驚きました。レディ・デイとも呼ばれた伝説のジャズ・ヴォーカリスト、ビリー・ホリディの逸話を思い出しました。映画に出演した際、監督から“Yes”の言い方にダメ出しされたレディ・デイは、即座に40種類を超える”Yes”を言ってみせ、どれがいい、と監督に迫ったと言われます。多少、お値段が高くても、良いCMを作るためには、良いタレントを選択すべきなのでしょう。

世界的に見ると、TVCMにタレントを多用するのは、東アジアに特有な傾向だそうです。ミルウォード・ブラウン社が、10年前に行った調査では、全CMに占めるタレントCMの割合は、日本が56%、韓国が47%、中国が33%と続きます。対して、アメリカは9%、イギリスは10%に過ぎません。TVCMにタレントを使う目的は、その知名度を利用して、一気に商品の認知度を上げる、あるいは定番化をはかることです。常套手段ではありますが、リスクも伴います。企業側のリスクは、タレントの不祥事や不適切な発言、あるいは現役スポーツ選手の成績不振等です。一方、タレント側のリスクは、スポンサー企業の不祥事や商品トラブルが発生した場合、自身の人気や評判にまで累が及ぶことです。これが、アメリカで、大物がTVCMに出演しない理由の一つと言われます。訴訟社会アメリカでは、CM出演者まで訴えられる恐れもあります。

ただ、TVCMのタレント起用率の高さは、日本人の国民性に関わる特性とは思えません。俳優や歌手といったタレント好きは、世界中どこでも変わりありません。日本のタレントCMの多さは、実は広告代理店の戦略、深慮遠謀なのではないかと思います。TVCMで露出を高めることによって、タレントの知名度はさらに上がります。結果、そのタレントが出演する番組の視聴率も上がっていきます。視聴率が上がれば、GRPも上がり、広告収入も増していくという構図です。GRP(グロス・レイティング・ポイント)は、CMの本数と視聴率を掛けた数字であり、電波広告の世界では、料金の計算上、最も重視される指標です。広告代理店、放送局、芸能事務所、全てにとってウィン・ウィンの好循環を生むわけです。

TVCMに関わるコストは、商品の価格に反映され、結果的には、消費者が負担することになります。いつも不思議に思っていたことがあります。それは、不景気になり、CMの発注が減っても、電波料金やCM製作費だけは安くならないことです。また、価格破壊を売りにする放送局も代理店もありません。需要と供給によって価格が変動するという市場経済の原則の外にあるわけです。認可事業であり、電波にも限りがあるため、とも言えますが、それにしても、業界全体で、しっかり価格を守っています。CMタレント起用のメカニズムは、悪魔的に賢い戦略ですが、TV業界が、CMを通じて薄く広くお金を集めるという仕組みの一部であり、業界の宿命でもあります。世界的に、映像の世界が、地上波からケーブル、そしてネットへと流れるなか、日本のTV業界は、団結堅く健闘しているとも言えそうです。(写真出典:jiji.com)

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