2021年10月26日火曜日

シナボン

昔、よく家族でハワイに行きました。子供たちもまだ小さく、最大のお楽しみは、ハナウマ・ベイでのシュノーケリングでした。私としては、カイルア・ビーチでのんびりしたかったのですが、ハナウマで魚に餌をやるという子供たちの楽しみにはかないません。昔、ハナウマ・ベイには、何の規制もありませんでした。朝、ABCマートで、一番安い食パンを3斤くらい買い込んで出かけます。透明度の高い海に、食パンをちぎってバラ撒くと、きれいな色の魚たちが、喜んで寄ってきたものです。その後、観光客が撒く餌で海が濁るということで、ビーチで売っている餌だけが許可されるようになりました。さらに、人数制限のために、入場料まで徴収するようになりました。今は、自然保護区に指定され、一層厳しい管理下にあるようです。

ハナウマ・ベイで、たっぷり遊んだ帰りには、カハラ・モールのシナボンに立ち寄るのが楽しみの一つでした。疲れた体に、シナボンの暖かさと甘さが心地よく、ハワイはいいな、と思ったものです。シナボンは、1985年に、シアトルに開店したシナモン・ロール専門店です。シナモン・ロールは、大体美味しいのですが、シナボンは、格別です。シナモン・ロールというよりは、やはりシナボンと呼びたくなるほど独特な風味を持っています。その風味の秘密は、インドネシアのマカラ・シナモンにあると言われます。シナボン専用に栽培されるマカラ・シナモンは、独特の香りを持ち、風味が際立っています。甘いのに、決して甘すぎないアイシングも、まさにいい塩梅です。他の材料もいいものを使っているのでしょう。

シナモン・ロール自体は、スウェーデン発祥のペイストリーだとされます。ペイストリーの起源は古代オリエントにあり、十字軍が欧州に伝えたようです。中東で定番のバクラウ等が、最も古いペイストリーの形を保っているのでしょう。また、ペイストリーの一種デニッシュは、デンマーク発祥ゆえデニッシュと呼ばれます。18世紀頃、欧州で一番のパン職人は、デンマーク人と言われたそうです。マリー・アントワネットがフランスに嫁ぐ際、ウィーンから連れてきたデンマーク人のパン職人が考案したのが、クロワッサンです。ちなみに、デンマークでは、デニッシュとは言わず、ウィーン発祥ゆえ”ウィーンのパン”と呼ばれるようです。デンマーク人のパン職人が、ウィーンで考案した、ということなのでしょう。いずれにしても、北欧は酪農が盛んだったことが、ペイストリーやデニッシュの誕生につながったのでしょう。

スパイスの王様とも言われるシナモンは、世界最古の香辛料です。セイロン島原産のクスノキ科の常緑高木であり、その内樹皮が香料となります。古代オリエントで珍重され、エジプトではミイラの防腐剤としても使われたようです。貴重さゆえ高価な香辛料でもありした。古代ローマでは、わずか1gが、労働者の半月分の給料に相当したようです。やがて欧州全般にも広まり、ヴェネチアとアラブ商人が貿易を独占します。アラブ商人たちは、シナモンの希少価値を守るために、中世末期まで産地を明かさなかったそうです。シナモンは、胡椒とともに、大航海時代を生み出す要因となりました。シナモンは、肉桂として知られる生薬でもあり、菓子類の香辛料としては、八つ橋も含めて、幅広く使われます。インドのガラムマサラはじめ、料理にも使われています。現代の主な生産地は、インドネシアと中国だそうです。シナボンも、まさにインドネシアの最高級品を使っているわけです。

それにしても、シアトル発祥の先進的企業が多いことには、驚かされます。ボーイング、マイクロソフト、アマゾン、スターバックス、コストコ等々、枚挙にいとまがありません。また、シアトルは、アートの街としても、あるいはジミヘンやニルヴァーナを生んだ音楽の街としても知られます。質の高い人材の集まる街であることが、有名企業や文化の発展に貢献していると言われます。ただ、それ以前に、太平洋に開かれた貿易港であったことが、挑戦的で、自由な街の気風を作ったのだと思います。シアトルの貿易先は、欧州ではなくアジアであり、長く危険な航海を前提とします。つまり、多様性の受容、リスクテイクこそ、シアトルを構成しているものなのでしょう。(写真出典:jrff.co.jp)

マクア渓谷