ハナウマ・ベイで、たっぷり遊んだ帰りには、カハラ・モールのシナボンに立ち寄るのが楽しみの一つでした。疲れた体に、シナボンの暖かさと甘さが心地よく、ハワイはいいな、と思ったものです。シナボンは、1985年に、シアトルに開店したシナモン・ロール専門店です。シナモン・ロールは、大体美味しいのですが、シナボンは、格別です。シナモン・ロールというよりは、やはりシナボンと呼びたくなるほど独特な風味を持っています。その風味の秘密は、インドネシアのマカラ・シナモンにあると言われます。シナボン専用に栽培されるマカラ・シナモンは、独特の香りを持ち、風味が際立っています。甘いのに、決して甘すぎないアイシングも、まさにいい塩梅です。他の材料もいいものを使っているのでしょう。
シナモン・ロール自体は、スウェーデン発祥のペイストリーだとされます。ペイストリーの起源は古代オリエントにあり、十字軍が欧州に伝えたようです。中東で定番のバクラウ等が、最も古いペイストリーの形を保っているのでしょう。また、ペイストリーの一種デニッシュは、デンマーク発祥ゆえデニッシュと呼ばれます。18世紀頃、欧州で一番のパン職人は、デンマーク人と言われたそうです。マリー・アントワネットがフランスに嫁ぐ際、ウィーンから連れてきたデンマーク人のパン職人が考案したのが、クロワッサンです。ちなみに、デンマークでは、デニッシュとは言わず、ウィーン発祥ゆえ”ウィーンのパン”と呼ばれるようです。デンマーク人のパン職人が、ウィーンで考案した、ということなのでしょう。いずれにしても、北欧は酪農が盛んだったことが、ペイストリーやデニッシュの誕生につながったのでしょう。
スパイスの王様とも言われるシナモンは、世界最古の香辛料です。セイロン島原産のクスノキ科の常緑高木であり、その内樹皮が香料となります。古代オリエントで珍重され、エジプトではミイラの防腐剤としても使われたようです。貴重さゆえ高価な香辛料でもありした。古代ローマでは、わずか1gが、労働者の半月分の給料に相当したようです。やがて欧州全般にも広まり、ヴェネチアとアラブ商人が貿易を独占します。アラブ商人たちは、シナモンの希少価値を守るために、中世末期まで産地を明かさなかったそうです。シナモンは、胡椒とともに、大航海時代を生み出す要因となりました。シナモンは、肉桂として知られる生薬でもあり、菓子類の香辛料としては、八つ橋も含めて、幅広く使われます。インドのガラムマサラはじめ、料理にも使われています。現代の主な生産地は、インドネシアと中国だそうです。シナボンも、まさにインドネシアの最高級品を使っているわけです。
それにしても、シアトル発祥の先進的企業が多いことには、驚かされます。ボーイング、マイクロソフト、アマゾン、スターバックス、コストコ等々、枚挙にいとまがありません。また、シアトルは、アートの街としても、あるいはジミヘンやニルヴァーナを生んだ音楽の街としても知られます。質の高い人材の集まる街であることが、有名企業や文化の発展に貢献していると言われます。ただ、それ以前に、太平洋に開かれた貿易港であったことが、挑戦的で、自由な街の気風を作ったのだと思います。シアトルの貿易先は、欧州ではなくアジアであり、長く危険な航海を前提とします。つまり、多様性の受容、リスクテイクこそ、シアトルを構成しているものなのでしょう。(写真出典:jrff.co.jp)