監督:キャリー・フクナガ 2021年イギリス・アメリカ
☆☆☆☆-
*ネタバレ注意
007シリーズ第25作目、ダニエル・クレイグ版ジェームス・ボンドの最終作だそうです。そのせいか、気合いの入った作品に仕上がっています。原点回帰的なアクション・シーンも見事ながら、前作「スペクター」に引き続き、ドラマ性を高め、作品の厚さを出しています。ドラマ的な部分で、結構、尺を使ったために、007としては長く重い映画になっています。アクション重視型に変わった007シリーズのなかでは、かなりいい出来だと思います。レア・セドゥが演じるヒロインのマドレーヌが、前作「スペクター」から継続してることも、新しい趣向です。監督のキャリー・フクナガは、日系4世の俊才です。監督デビュー作となった「闇の列車、光の旅」は、中南米のストリート・ギャングと不法移民の世界を描き、印象に残る映画でした。「ビースト・オブ・ノー・ネーション」は、アフリカの少年兵の悲惨を伝える重い映画でした。キャリー・フクナガは、今村昌平ファンでもあり、作家主義的な社会派監督だと思っていました。ところが、マシュー・マコノヒーが主演したHBOのTVシリーズ「TRUE DETECTIVE」のシリーズ1では、スマートななセンスの良さも見せてくれました。TRUE DETECTIVEは、大好きな作品です。今回も、緊張感ある演出とキレのいい映像で、実力のほどを十分に発揮していると思います。
ダニエル・クレイグは、第21作「カジノ・ロワイヤル」(2006)から登場しています。ダニエル・クレイグが、6代目ジェームス・ボンドに起用されるとリリースされた時には、大ブーイングが起きました。初代のショーン・コネリーとは、あまりにも違うタイプだったからです。しかし、1962年の第一作「ドクター・ノオ」から、既に40年以上経ち、時代は大きく変わっていました。シリーズも、シリアスなアクション映画へと変貌を遂げ、新しいジェームス・ボンド像が求められていました。ダニエル・クレイグは、時代が求めたジェームス・ボンドだったと思います。と同時に、激しいアクション・シーンは、俳優に厳しい肉体的負荷をかけます。ダニエル・クレイグは、降板の理由を、肉体的限界と答えています。まだ、53歳。まだ、いけそうな気もしますが。
今回から、いわゆるボンド・ガールは、ボンド・ウーマンと呼ぶことにしたようです。前作で、モニカ・ベルッチをつかまえて、ガールというのも如何なものか、とは思っていました。これも、単に時代の変化ということではなく、シリーズの性格が大きく変わったことの現れです。かつてボンド・ガールは、映画に「花をそえる」と表現されていましたが、前作あたりからは、ストーリー性の高いドラマのヒロインそのものです。パルム・ドール女優レア・セドゥの継続起用は、まさに象徴的です。加えて言えば、ジェームス・ボンドの後任007号が黒人女性であること、あるいは脚本にフィービー・ウォーラー=ブリッジが参加していること等も、新鮮さにつながっています。そのなかで、逆の新鮮さを出していたのが、キューバ出身の売れっ子アナ・デ・アルマスです。ある意味、彼女だけが、007シリーズの伝統を体現していました。
今回のロケ地の一つが、南イタリアはバジリカータ州にあるマテーラです。洞窟住居で有名ですが、最近、人気急上昇中の世界遺産だと聞きます。映画への登場も増えています。新たなトレンドを取り込むあたりは、007シリーズの伝統でもあり、新鮮さを保つ要因でもあります。テーマソングが、ビリー・アイリッシュだったことにも驚かされました。ビリー・アイリッシュは、まだ、19歳であり、シリーズ最年少のテーマソング歌手だそうです。一方、エンドロールには、サッチモの「愛はすべてを超えて」が流れます。ボンドが妻を失う「女王陛下の007」(1969)で使われた曲です。面白い趣向です。ちなみに、エンドロールは、おなじみ”James Bond Will Return”が映し出されて終わります。新鮮さと伝統両面の趣向で、新しいジェームス・ボンドへの橋渡しを企図した作品かも知れません。(写真出典:tower.jp)