2021年8月31日火曜日

屋形船

冬の始め時分、会社のレクレーションとして、同じ部署の人たちと屋形船を貸し切ったことがあります。通常は、揚げたての天ぷらがメインで、一人一万円ほどかかりますが、会費は4千円だというのです。いくら季節はずれとは言え、随分と安いわけです。お安くなっている理由は料理でした。もんじゃ食べ放題に飲み放題というメニューでした。屋形船の最盛期と言えば、春の桜から夏の花火や納涼、秋の月見あたりだと思います。もんじゃは、閑散期対策としてやっているのでしょう。正直、具合が悪くなりました。閉めきった船内に、もんじゃの安い油の臭いが充満し、すっかり油酔いしたというわけです。

大昔から、世界中で、船遊びは行われてきたのでしょう。 海や湿地を埋め立てて出来た江戸の町は、河川が多いことから、 船遊びが盛んだったようです。大名や豪商の乗る豪華船から、庶民の小舟まで、 多様な船が隅田川に浮かべられていました。なかでも、和船に、屋根と障子で囲んだ座敷をしつらえた屋形船は、人気の船だったようです。お金に余裕があれば、芸者衆も乗せて、賑やかに、酒と料理を楽しんだのでしょう。浮世絵で、よく見かける光景なので、粋な遊びとして人気だったのだと思います。大勢ではなく、少人数で楽しむのが屋形船の最も良い遊び方なのだと思います。

何かの会合で、船宿のご主人と話したことがあります。聞いたところ、船の大きさにもよりますが、25万円前後で貸し切りができるそうです。お金持ちは、気に入った料亭の料理を持ち込み、少人数で遊ぶようです。また、企業が密談に使うこともあると言います。いささか信じがたい話です。人に話を聞かれたくないなら、わざわざ船に乗らなくても、いくらでも他の選択肢があります。ただ、交渉相手を逃げられないようにするというメリットはありそうです。そうなると、ほぼ軟禁状態とも言えます。お安くしますから、今度、使ってみませんか、と言われました。ただ、まっとうな企業では、ほぼ発生しないシチュエーションですよ。

近年の屋形船は、伝統的な和船が減り、繊維強化プラスティック(FRP)で船体を作り、そのうえでお座敷を内装する新造船が多いようです。軽量で耐久性にも優れるFRPは、造形もしやすく、和船の風情を再現しやすいようです。FRP船が増えている理由の一つは、インバウンド需要への対応だとも聞きます。欧米人の乗船を考えると、さすがに天井の高さも考える必要があります。ただ、一番のポイントは、トイレだそうです。確かに、昔の屋形船のトイレは実に狭くて、相撲取りは絶対無理という代物でした。日本人だけなら、それでも何とかなったのですが、さすがに欧米人向けとしては厳しいものがあります。

かつて、宴会、特に大宴会は、お座敷と相場が決まっていました。座が盛り上がってくれば、皆、お酌するために移動し、あるいは、あちこちに車座ができて、まさに人が交わる良い場でした。椅子とテーブルでは、なかなかそうはいきません。10年ほど前ですが、社内の宴会は座敷に限る、という個人的キャンペーンを張ったことがあります。驚いたことに、宴会のできる座敷を探すのに苦労しました。”座敷あり”で店を検索すると、おおむね掘りごたつ式の狭い部屋が出てきます。とても座敷と呼べる代物ではりません。高級料亭等は別として、お座敷のニーズがなくなってしまったということなのでしょう。遠からずうちに、屋形船も、忍者レストラン的な存在になるのかもしれません。(写真出典:shinagawa.keizai.biz)

マクア渓谷