2021年8月16日月曜日

ウェハース

ウェハースが大好物なのですが、それを言うと「子供みたいだな」という反応が多く、あまり人には言わないようにしてきました。アイスクリーム・コーンもあり、ゴーフルやゴーフレットもあり、さらに言えば最中の皮種も似たようなものなのに、なぜウェハースだけ子供っぽいと言われるのか、やや不明ではあります。私のお気に入りのウェハースは、イタリアのロアカー社の「クアドラティー二・チョコレート」です。ロアカー社は、イタリアの南チロル地方にあるウェハース専業メーカーです。100カ国に輸出され、世界シェアはトップだそうです。同じイタリアには、高級ウェハースのBABIもありますが、ロアカーで十分楽しめます。

アルフォンス・ロアカーは、子供の頃からボルツァーノの小さなベーカリーで働いていました。1925年には、そのベーカリーを買い取り、永年の夢だったウェハースを焼き始めます。ボルツァーノ・ウェハースの誕生です。サクサク食感のウェハースは、大評判となり、1967年には、工場を建設し、量産体制に入ります。鮮度を保つためのパッケージの改良が、輸出拡大にもつながったようです。1974年には、ボルツァーノから、更に山中深くアウナ・ディ・ソットのレノンに会社を移転しています。世界遺産ドロミテの一部であるシリアール山を望む絶景のなかでロアカーのウェハースは作られています。ロアカー社は、シリアール山を、しっかりパッケージにも描きこんでいます。

ウェハースの生地は、小麦粉、卵、砂糖、ミルク等から作られます。ロアカーは、原材料にもこだわり、例えばミルクは、いまだにイタリア・アルプスの小規模農家のものを使っていると言います。ロアカー社が、南チロルの山中にこだわる理由の一つなのでしょう。ウェハースは、もちろん味も重要ですが、その大前提として生地のサクサク感と香ばしさが命だと思います。ロアカーの絶妙な食感と香ばしさは、ほぼ理想的だと思います。ウェハースと最中は似てると思います。最中の味の決め手はあんこでしょうが、皮種のパリパリ感あってのあんこです。最中の皮種は、概ね専門業者が焼き上げ、菓子屋に納入しています。一番すごいと思う皮種は、近江八幡の”たねや”の最中です。極限まで攻めた香ばしさの秘密は、小豆皮パウダーと裏こがしだと聞きます。

ウェハースの発祥ははっきりしていないようです。キリスト教の聖体拝領にも使われきましたし、中世末期の正餐のデザートしての記録もあるようです。ウェハースという言葉は、オランダ語の”wâfel”(蜂の巣)が語源とされますので、フランドル地方で生まれたものなのでしょう。ウェハースも、ワッフルも、フランス語のゴーフルも同じ語源です。今は多様化していますが、基本的には蜂の巣状の凹凸が特徴だったのでしょう。日本では、1925年に森永製菓がウェハースを、1929年には風月堂がゴーフルを発売しています。このあたりが嚆矢なのでしょう。森永太一郎は、栄養のあるおいしいお菓子を日本の子供たちに食べさせたい、という思いで森永製菓を創業しています。日本で、ウェハースが子供のお菓子として広まった経緯は、ここにあるのかも知れません。

ちなみに、最中の皮種は、小麦ではなく、餅米から作られます。要は、薄く伸ばした餅を焼いたものです。最中という言葉は、拾遺和歌集にある源順の歌にあるようで、「もなかの月」と呼ばれていたようです。最中の原型は平安末期からあったわけです。今の形になったのも、最中という名称になったのも、江戸期のことだったようです。ウェハースも、最中も、始まりはプリミティブなお菓子だったわけです。長く愛されてきたのは、単純な作り方もさることながら、人間が香ばしさを好む本質的傾向を持っているからではないか、と思います。おそらく人間にとって最初の調理は「焼く」だったと思われます。人間が、香ばしさを好むのは、太古の記憶につながる幸福感ゆえではないでしょうか。(写真出典:amazon.co.jp)

マクア渓谷