監督:イリヤ・ナイシュラー 2021年アメリカ
☆☆☆
どこか懐かしさを感じさせるアクション映画です。映画の半分くらいが、キレのいいアクション・シーンになっていますが、基本的には、ほぼハリウッド伝統のアクション・コメディとなっています。さえない主人公、あり得ない主人公のバックグランド(どうせあり得ないので細かな説明はしない)、美人の奥さん、家族の絆、ラスト・シーンで悪人は斬新な方法でやっつけられる、といった基本要素が網羅されています。実に暴力的な映画ですが、安心して見ていられる娯楽映画に仕上がっています。主役のボブ・オデンカークは、コメディアンですが、見事なアクション・シーンを見せています。コメディアンが極悪人や異常者を演じると、実に恐ろしくなることがあります。崔洋一監督の「血と骨」におけるビートたけしの演技等も典型と言えます。笑いと異常性が深く関係しているといったことではなく、もともと想像力豊かで、芝居がうまい人だったということなのでしょう。オデンカークは、冴えない父親としては同情したくなるほどみじめで、暴力を振るうと空恐ろしくなるという見事な演技を見せています。ちなみに、オデンカークの父親役として、バック・トゥ・ザ・フィーチャーのドク役で知られるクリストファー・ロイドが出ており、いい味を出しています。
伝統的なアクション・コメディと言えますが、多少、異なるテイストを感じさせる面もあります。アクション・シーンの暴力が、かなりハードな描写になっているのです。昔のアクション・コメディは、もっとユーモラスな暴力描写になっていました。ゲームの世界が暴力で溢れる時代、映画の暴力描写もハードにならざるを得ないのかも知れません。加えて、監督の持つ傾向も影響していると思います。ナイシュラーは、ロシアのミュージシャン出身。自分のバンドのミュージックビデオを監督し、好評を得たことから、映像の世界に入ったという人です。2015年に映画「ハードコア」を監督しました。映画は、トロント映画祭観客賞を受賞、90年以降、最も成功したロシア映画となりました。サイボーグの一人称視点だけで構成されたスピード感ある映画でしたが、ユニークであることを目指し過ぎる傾向、そしてえげつないほどハードコアな暴力描写が、結構、不快でした。
どうもロシア人は、極端に走る傾向を持っているように思います。世界中で、ロシア人は笑わない、と言われているようです。常日頃は、非常に抑制的で、何かあると、極端に弾ける、といった印象です。音楽や映像でも、たまに感じますし、ウォッカの飲み方にも感じます。映画のなかのロシアン・マフィアほど恐ろしい人たちはいません。この映画に登場する悪役のロシア人も、信じがたいほどに暴力的です。恐らく、厳しい気候、生活の苦しさ、長く続く抑圧的な政治体制等が、ロシア人の気質に深く影響しているのだと思えます。世界初の共産主義革命は、たまたまロシアで起こったのではなく、ロシアだからこそ起きたのでしょう。
ハリウッド伝統のアクション・コメディも、ロシア人が撮ると、味付けが異なって当然です。オデンカークの奥さんは、コニー・ニールセンが演じています。「グラディエーター」や「ワンダー・ウーマン」のシリーズで有名な、モデル出身のデンマーク人です。美人ですが、北欧的な暗さを持つ女優です。普通に考えれば、コメディへのキャスティングはあり得ません。このあたりにも、少し変わったテイストのアクション・コメディとしての特徴が出ています。(写真出典:eiga.com)