2021年7月9日金曜日

「アメリカン・ユートピア」

監督:スパイク・リー       2020年アメリカ

☆☆☆☆

デヴィッド・バーンは、音楽を表現形態とするポップ・アーティストだと思っています。70歳を迎えるデヴィッド・バーンは、今や、 NYの希少生物にして、 絶滅危惧種だと思っていましたが、なんのなんの、今だに意気軒高。本作は、デヴィッド・バーンのブロードウェイでの質の高いパフォーマンスを、スパイク・リーがフィルム化するという、いわばニューヨーク・アート・シーンのエッセンスが詰まったような作品になっています。デビッド・バーンは、 2018年の同名アルバム発売に伴って行ったツアーを、多少アレンジを加えブロードウェイの舞台にかけます。2019年から4ヶ月間、ハドソン劇場で行われたパフォーマンスは大きな反響を呼び、 デビット・バーンは、 スパイク・リーを指名して舞台をフィルム化します。ちなみに、タイトル中の”Utopia”という文字は、意味深に上下逆さの表記になっています。

デビッド・バーンを含む12人のバンドは、半分がパーカッションという編成。全員がグレーのスーツ姿で、電子楽器はワイヤレスで、パーカッションはハーネスをつけて演奏します。 全員が、ケーブルや据置具から解放され、演奏しながらダンスし、 フォーメーションを組むという斬新な舞台になっています。 舞台装置は、カーテンのように三方を囲む金属のチェーンだけというシンプルさですが、効果的に使われています。演奏される曲は、同名アルバムからだけではなく、トーキング・ヘッズ時代やソロ・アルバムのヒット曲も演奏されます。トーキング・ヘッズの代名詞とも言える「ワンス・イン・ア・ライフタイム」は、往年のファンにとっては、懐かしさもあり、鳥肌ものでした。トーキング・ヘッズは、早くからアフリカのポリ・リズムを取り入れており、今回のようなパーカッションの多い編成は、実にピッタリです。 

撮影は、ハドソン劇場に満員の客を入れて、行われています。スパイク・リーは、パフォーマンスを尊重しながら、 そつなくシャープな映像に仕上げています。デヴィッド・バーンのリズムに合わせたカット割りが、音楽との相乗効果をあげています。ジャネール・モネイのプロテスト・ソングを演奏する場面では、 警官に殺害された黒人たちの写真を挿入するというスパイク・リーの演出が加えられています。しかし、それも決して流れを遮るものではなく、むしろ効果的と言える演出になっています。デヴィッド・バーンとスパイク・リーは、共に80年代のNYで頭角を現したこともあり、交流があったようです。デヴィッド・バーンはスコットランド出身、スパイク・リーはジョージア出身ですが、二人とも、NYという街に出会ったことで才能を開花させたとも言えます。

トーキング・ヘッズは、アメリカ最高峰の美術大学とされるロードアイランド・スクール・オブ・デザインの在校生だったデヴィッド・バーン、ベースのティナ・ウェイマス、ドラムのクリス・フランツの三人が、74年に結成したバンドです。当初は、インテリ・パンク・バンドと呼ばれていたようです。ブライアン・イーノがプロデューサーになると、トーキング・ヘッズはブレイクし、80年には傑作アルバム「リメイン・イン・ライト」をリリースします。音楽性の違いを理由に、91年に解散しますが、解散前から、ティナ・ウェイマスとクリス・フランツ夫妻は、バンド内プロジェクトとして、レゲエ・ベースの”トム・トム・クラブ”を結成、”Genius of Love”等の歴史に残る大ヒットを飛ばしています。数年前、東京ビルボードで、トム・トム・クラブのライブを見ましたが、ティナ・ウェイマスの衰えぬステージに感動しました。

デヴィッド・バーンは、歌が上手いわけではありませんが、独特の高い声と神経質な歌い方が耳に残ります。何を歌っても、皆、同じに聞こえるとも言えます。どんな曲を演奏していても、途中から、リズムの強いティナのベースが入り、「ワンス・イン・ア・ライフタイム」と歌い始めるような気がしてしまいます。トーキング・ヘッズも、トム・トム・クラブも、リズムのバンドだと思います。独特なリズムへのこだわりが無ければ、ただ退屈なだけのインテリ・バンドで終わっていたように思えます。デヴィッド・バーンのリズム・センスからすれば、今回のダンス・パフォーマンスは、最高に相性がいいと言えます。そういえば、 ティナがステージで見せるバク転も有名でした。東京ビルボードでは、60歳を越えて、 なお平面展開をしていました。(写真出典:cinra.net)

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