2021年7月6日火曜日

薄雪

鏑木清方「薄雪」
昭和のキャバレー王と呼ばれた福富太郎の絵画コレクション展が、東京ステーション・ギャラリーで開催されました。企画したキュレーターに拍手を送りたいと思います。 福富コレクションは有名ですが、まとまった形で見ることができる機会はほぼ無く、とても良い企画だと思います。鏑木清方を中心とした美人画の数々は、コレクターのこだわりが感じられ、統一感があるだけではなく、キャバレー王の人となりまで感じさせます。

福富太郎は、戦争直後、15歳で銀座のキャバレー「モンテカルロ」のボーイになります。カフェ、ダンスホール、キャバレー等で働き、ヤミ商売にも手を出し、いわば戦後の闇社会に関わりながら、1957年、26歳の時、神田に自ら経営するキャバレーを開店します。若いながらも、経験と人脈が豊富だった福富は、店を増やしていきます。1964年には、その後、一世を風靡することになる大型キャバレー「ハリウッド」の1号店を銀座にオープンします。生バンドが入り、ショーを楽しみながら、女性の接客を受けるキャバレーは、戦後、進駐軍向けにスタートし、高度成長期には、大衆化が進み、人気を博しました。ハリウッドは、まさにその象徴的な店であり、福富は大成功します。

福富は、ハリウッド開店直後に、鏑木清方からコレクションを開始しています。父親が大事にしていた鏑木清方の掛け軸が、空襲によって家とともに焼失した体験が背景にありました。福富は「いわば仇討ちみたいなもんだな」と語っています。戦争への仇討ちなのでしょう。いずれにしても、美術愛好家の家に育ったことが福富コレクションを生んだと言えます。福富コレクションは、鏑木清方をはじめとする美人画が中心ですが、福富自身は「存在感のある女性像に惹かれる」とも「俺は、皆が好きな伊藤深水は一枚も持っていない。幽霊顔が好きなんだ」とも言っています。”艶めかしい女性”像のコレクションと評されることも多いようですが、そういった要素も含めた女性の性の実在感こそ、福富の求めたものであり、それは母親につながる面も大きいのでしょう。

鏑木清方の「薄雪」は、福富が最も愛した絵として知られ、病を得た福富は、この絵を病室にまで持ち込んだと言います。「薄雪」は、近松門左衛門の名作浄瑠璃「冥途の飛脚」から題材を取り、客の金に手をつけた飛脚問屋亀谷忠兵衛と、その金で身請けされた遊女梅川の進退窮まった様が描かれています。実際に起きた事件がもとになっています。見事な構図に描かれた梅川の表情と姿勢が、薄幸な女性の切なさだけではなく、死を意識した女性の究極のエロティシズムをも伝えます。エロティシズムは、人は何故生きるのか、という人間の根源そのものに深く関わっています。病室の福富が「薄雪」を通して見ていたのは、人間そのものだったのでしょう。今回、 注目を集めたのは清方の問題作と言われる「妖魚」ですが、見るべきは間違いなく「薄雪」です。 

箱根には良い美術館が多く集まります。なかでも、岡田美術館は最大の規模を誇ります。パチスロ製造で財を成した岡田和生の多様なコレクションを展示しています。 重要な作品も多く、それらは見応えがあります。 ただ、私は、お金の匂いが漂うこの美術館が、どうも好きになれません。 晩年、 美術蒐集の極意を問われた福富は「値上がりを期待して金で集めたコレクションはダメだね。とにかく好きな絵を買いまくることだよ」と言っています。(写真出典:tokyoartbeat.com) 

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