この作品は、ルクレツィア・ボルジアの肖像だとも言われます。兄であるチェーザレ・ボルジアに操られたファム・ファタール(魔性の女)として有名なルクレツィアは、多くの絵画や文学の題材とされてきました。しかし、この絵はルクレツィアではない、とする意見が多いようです。その根拠とされるのは、フローラが手に持つ花、そして花飾りです。このスタイルは、当時、高級娼婦を描く際の定番だったようです。ルネッサンス期のヴェネツィアでは、知的な高級娼婦が上流階級でもてはやされ、社交界の花形だったといわれます。
ヴェネツィアの高級娼婦は、御所にも出入りしていたという京都島原の大夫によく似た存在だったのでしょう。ルネッサンス期の詩人ヴェロニカ・フランコも高級娼婦であり、ヴェネツィア社交界の花形だったようです。公家文化の諸芸に通じた島原の大夫も、皇族や公家とのやりとりに和歌を詠んでいたことが知られています。同じような時期に、世の東西を問わず、高級娼婦が社交界で活躍していたことは、興味深いことだと思います。肖像画で知られるバルトロメオ・ヴェネトが、社交界の花形を描いたとしても不思議はありません。
バルトロメオ・ヴェネトに関する記録は少ないようです。当時は、人気のある肖像画家だったようですが、その後は、永らく忘れられた作家でした。40点ばかりの絵画が残されていますが、その大半が肖像画であり、教会等の大きな絵や壁画は残されていません。いわゆる大家ではなかったわけです。「フローラ」も、風俗画といった風情があります。バルトロメオ・ヴェネトが再評価されたのは19世紀に入ってからのことです。その頃、盛んに売買が行われ、欧州各地やアメリカの美術館が競って購入したようです。
「フローラ」は、黒い背景に、輪郭を強調した平面的な描写で描かれています。現代のポートレートにも通じるポージングと透明感は、500年前の絵とも思えないモダンさがあるように思います。「フローラ」は、フランクフルトのシュテーデル美術館に所蔵されています。フランクフルトへ行った際、原画を見ることを楽しみにしていましたが、ちょうど休館日と重なってしまいました。もう一度、フランクフルトに行かなきゃ、と思っています。(写真出典:ja.askwiki.ru)