昔々、営業の神様といわれる人がおったとさ。
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Joe Girard |
私が、常々、営業の神様と呼んでいた人がいます。東京の下町の中堅印刷会社の専務さんです。莫大な印刷予算を持つ営業企画部の部長だった私のところには、大手出版会社はじめ多くの印刷会社の方々が営業に来ていました。ただ、印刷会社の選定は、各課長さんたちに任せていました。実務を担う人間同士で決めるべき事柄と思っていたからです。年度末には、年間の印刷予算の執行状況が報告されます。それを見ると、毎年一番多くの契約を獲得しているのが、並み居る大手を差し置き、営業の神様の所属する中堅印刷会社でした。印刷も信頼の商売です。ミスがない、納期を守る、多少の無理がきく等、日ごろからの信頼の積み重ねが実績に現れるということです。
専務さんは、照る日も降る日も、毎日、営業企画部に顔を出します。私が忙しそうにしていると、ドア口にじっと立ち続け、私の目線を捉えると、目礼だけして帰ります。私が、多少ゆとりがあると見ると、デスクまで来て、決まって「一生懸命やらせていただきますので、なんなりとお申し付けください」とだけ言って帰っていきます。世間話をするわけでもなく、情報を聞き出すわけでもなく、接待に誘いだすわけでもありません。話したことがなくても、専務さんの誠実な人柄は、誰もが認めるところでした。ただ、毎年1回の接待ゴルフだけは受けていました。それも専務さんから直接誘われたものではありませんでした。ゴルフの誘いは、決まって当社の会長経由で来ました。
聞けば、その中堅印刷会社の社長と専務さん、そして当社の会長の3人は、戦後の混乱冷めやらぬ頃から、苦楽を共にしてきた、いわば戦友でした。お互い出世しても、年1回のゴルフだけは続けてきたと言います。その恒例のゴルフに、私を誘ってくださいと専務さんから会長に依頼があったというのです。今度の営業企画部長は、仕事ばかりで、酒も飲まなきゃ、ゴルフもしない、営業泣かせの堅物だと印刷業界では噂しております。よって、会長さんから誘ってみてください、と言われたのだそうです。ま、堅物の実態はともかくとして、確かに接待を受けている暇がなかったことは事実でした。思うに、会長と永年の付き合いがあれば、会長に「もっとこの会社を使え」と言わせれば話は簡単なはずですが、一度たりともそんな話はありませんでした。会長とその会社との関係すら知りませんでした。これも営業の神様の人となりを伝える話だと思います。
「私は話すのが苦手なので、営業には向かいない」という人がよくいます。大きな誤解です。立て板に水の如く話しまくるのが、優秀な営業とは限りません。むしろ、聴くことこそが営業の本質です。話を聴くことで、お客さまの人となり、価値観、潜在的ニーズが明らかになります。情報に基づき、的確なタイミングで、的確な提案をすれば、確実に契約は成立します。営業とは聴くこととみつけたり。(写真出典:goodreads.com)