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Jeff Koons "Rabbit" |
ほとんどのアーティストは、お金のために作品を制作しているのではありません。しかし、彼らも、衣食住が必要であり、画材やアトリエにもお金がかかります。昔は、王侯貴族といったパトロンがおり、また注文生産が基本だったために、市場はほぼ存在せず、閉鎖的なバランスが存在したのでしょう。市民革命以降は、アーティスト、画商、美術愛好家であるコレクターによって市場が形成されます。アーティストのみならず芸術そのものにとっても、画商やコレクターは必要な存在です。コレクターや画商が、若いアーティストを支援し、育てるという側面もありました。また、ある意味、コレクターと同質的な位置づけに、フランス革命以降に設立が本格化した美術館もあります。コレクターによる美術館への貸出や寄贈も行われました。
昔から、美術品は、投資対象としての側面を持っていました。しかし、コレクターと現代的な投資家は大いに異なります。かつて価格は芸術的価値に基づいて決まっていました。公に認知されたゆるぎない価値だからこそ、投資対象であり得たわけです。近年、落札価格は、作品の芸術的価値ではなく、投資的観点から決まっていきます。いまや現代アートは、投資ではなく、投機の対象となっていると言えます。巨大化した個人資産は、分散投資先を求め、オークションが投機を煽ります。もはや、美術館や美術愛好家が現代アート市場で、有名作品を購入する機会は、ほぼ失われているとも言えます。もちろん、投機を行う資産家も、芸術に対するリスペクトは持っているのでしょう。ただ、投機は、芸術性とはまったく別な領域で判断されます。そこでのアーティストの存在は、ほぼ部外者でしかありません。
かつて美術愛好家が購入した作品は、公的な存在でもありました。多くの場合、何がどこにあるかは、よく知られていたわけです。それが古典的名画であれば、なおのことです。サザビーズが創出した現代アート市場では、世界各地の投資家が匿名で購入する場合が多く、作品がどこにあるのかも判然としません。倉庫に眠っていることも多いのではないでしょうか。ここに最大の問題があると思います。ひとたび投機の対象として作品が購入されると、我々の見る機会が失われてしまう可能性が高いことです。優れたアート作品は、多くの人に見せるべきものだと思います。例え個人が所有していたとしても、それは人類の遺産であり、皆に鑑賞する機会が与えられるべきだと考えます。
2019年春、クリスティーズNYで、ジェフ・クーンズの「ラビット」が100億円で落札されたことが話題になりました。生存する作家としては最高額だそうです。驚きのニュースです。大笑いしたニュースもありました。2018年秋、サザビーズ・ロンドンで、バンクシーの作品が1億5千万円で落札された直後、バンクシー自身が額に仕掛けたシュレッダーで絵が裁断された事件です。実にバンクシーらしい、投機市場へのテロです。拍手喝采です。ただ、半ば裁断されたその作品は、倍の値段が付いているとも聞きます。現代アート狂騒曲は、どこまで続くやら、といった感じです。(写真出典:art-techne.com)