2021年5月13日木曜日

アザミの棘

アザミ
 10世紀、デンマーク軍に攻め込まれたスコットランド軍は劣勢を強いられ、砦に籠城します。デンマーク軍は、夜陰に紛れて砦を包囲し、スコットランド軍の寝込みを襲おうとします。ところが、密かに進軍する兵士たちは、野生のアザミを踏み、そのトゲに刺されて思わず声を挙げます。夜襲に気づいたスコットランド軍は、奮戦し、デンマーク軍を追い返しました。以来、アザミは、スコットランドを守る花として大事にされ、国の花ともなっています 。事実か否かは別としても、他国に攻められ続けたスコットランドを象徴するような話です。

紀元前10世紀ころから、スコットランドにはケルト系のピクト人が住んでいたようです。紀元前1世紀から古代ローマがイングランドに進出、属州ブリタンニアを築きますが、全島支配は出来ず、5世紀には撤退します。その後、スコットランドは、ケルト系の民族による群雄割拠状態が続き、9世紀に至り、スコット人が統一、スコットランド王国が建国されます。その後、長い間、南のイングランドとの勢力争いが続きます。戦いは絶えないものの、両国王家には婚姻関係も生じます。1603年、スコットランド王であるステュアート朝のジェームズ6世は、テューダー朝のエリザベス1世没後、ジェームス1世として、イングランド王を継承します。スコットランドとイングランドは、同君連合となります。欧州では、しばしば見られる形態ですが、国としては、各々独立した国家として存続します。

以降、ステュアート王家はイングランドに留まります。イングランドによるスコットランドへの圧政が行われ、紛争も起きています。苦境に立たされたスコットランドは、ついに1707年、独立を失います。合同法によって両国は合併、連合王国グレート・ブリテンが誕生しました。スコットランドにとっては、苦難の時代の始まりますが、一方では、18世紀末から、産業革命と帝国主義の恩恵も享受します。スコットランドの石炭、造船、機械工業等は、大いに栄えます。ただ、それも二つの大戦と世界恐慌によって打撃を受け、スコットランドは大英帝国のお荷物と化します。ところが1960年、北海油田の採掘が始まると、スコットランド経済は浮揚、イングランドへの対抗意識も高まります。1999年には、スコットランド出身のブレア―首相のもと、300年ぶりにスコットランド議会が再開され、2014年には、独立を問うスコットランド独立住民投票が行われました。結果は、反対55%で、独立は否決されました。

2021年5月に行われたスコットランド議会選挙では、与党を含む独立賛成派が過半数を占めました。与党は、当面は、コロナ対策に当たるとしながらも、その後、再度、独立問題に取り組むと表明しています。歴史的経緯や住民感情が大きな動機であり、北海油田の存在が背景にあるのも事実です。他に、英国のEU離脱問題もあります。スコットランドは、大陸との経済的つがりが大きいと言われますが、実は、地理的に近接していることもあり、北欧との関係が深いようです。それは交易ばかりではなく、文化的にも深いつながりがあるようです。ただ、実際に独立ということになれば、当然、様々な問題があります。最も大きな問題は、通貨だと言われます。スコットランドは独自通貨を持たず、またユーロを単一通貨とすることは、EU内の財政的アンバランスが大きなリスクを生じるリスクがあります。当然、イングランドも離脱に反対します。

スコットランド独立問題が再燃すれば、飛び火も避けられないと思われます。英国内では、独立機運が出始めているというウェールズ、スペインではカタルーニャと鎮静化しているバスク、さらにはベルギーでも、フランデレンとワロンとの根深い対立等々が刺激を受けて、動き始めると見られています。日本では、なかなか感覚的に理解できない問題ですが、高度な自治権等で対応できないほど、歴史的経緯、それに基づく住民感情は根深いものがあるということなのでしょう。ちなみにアザミの花言葉は「独立、報復、厳格、触れないで」となっています。(写真出典:horti.jp)

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