2021年5月10日月曜日

ちょんまげ移民論

高見山大五郎
30年くらい前、日本はもっと移民を受け入れるべきだと、よく人に話していました。日本の少子高齢化は進む一方で、国内経済も、社会福祉 も、先細りどころか、破綻も懸念されるからです。よくある反応は、治安が悪くなるので、移民は受け入れるべきではない、というものでした。確かに、日本の治安は、世界的に見れば、良好だと思います。治安悪化懸念を完全に否定することは難しいと思います。ただ、それはまったく別な問題でもあります。状況が変われば、治安を保つ方策も変えればいいとも言えます。例えば、日本の刑法犯罪の検挙率は高いと言われてきました。戦前は9割以上を誇り、戦後は、隣組制度に代表されるような戸籍管理が薄れたためか、80年代まで6~7割で推移します。それが、さらに低下し、2000年代初頭には2割を割り込みました。外国人が増えたからだとも言われましたが、むしろ社会の変化に対する警察の対応が遅れたためではないでしょうか。それが証拠に、近年は、また検挙率は上がりつつあります。

30年前の在留外国人数は、120万人程度であり、不法滞在も入れると200万人と言われていました。現在は、登録者数だけでも300万人に近づきつつあります。とは言え、人口比2%程度であり、移民鎖国状態だった頃に比べれば上がりましたが、世界的には、かなり低いと言えます。例えば、人口850万人のスイスは、人口に占める移民の割合が3割近くになります。経済発展が進むと、出世率は低下する傾向があります。家族労働力の確保や老後を子供に頼る必要がなくなり、子供を持つベネフィットよりもコストが上回っていくからです。スイスも出世率は低く、少子高齢化が進んでいます。その悪影響は、人口が少ないために、より早く出てくる可能性があります。移民を受け入れなければ、国を維持することすら難しくなるわけです。

世界最大の移民受入国は、アメリカです。アメリカの人口は、1915年に1億人を超え、50年後の1967年に2億人を突破しました。そして40年後の2006年に3億人に達し、現在は3.3億人です。アメリカでも出生率は下がってきました。要は、年間、数百万人という移民を受け入れ続けた結果の人口増ということになります。アメリカの社会保障が破綻することはないと言われてきました。移民を受け入れ続ける限りは、ということになりますが。もちろん、移民の受け入れに伴うデメリットもありますが、経済規模の拡大、社会補償の維持といったメリットは、極めて大きいわけです。トランプは、移民の受入を制限しました。白人から仕事を奪ったのは移民だ、というわけです。デタラメにもほどがあります。ポスト・トゥルース政治の典型です。白人中間層の没落は、産業構造の転換によるものです。むしろ、移民を止めることでアメリカ経済は悪化します。

日本も状況は変わりません。日本政府は、移民受入に対して消極的中立の立場を取っています。しかし、実態的には、移民は増えてきています。双方に経済的メリットが存在するからです。むしろ、日本は、移民受入を制度的にしっかりしたものとし、野放図な受入から秩序ある移民に転換すべきと考えます。そして、経済規模の確保、社会保障の維持等とともに、社会の治安維持、日本文化の維持を図るべく制度を整備すべきなのではないでしょうか。また、そうしない限り、日本は移民先としての魅力を失い、頼んでも来てもらえない国になるかも知れません。近い将来、国際的な移民受入競争が起こり、激化していく可能性も否定できません。移民ではありませんが、中途半端な日本の研修生制度は不人気で、他のアジア各国に労働力が流れる傾向にあるとも聞きます。

そもそも、日本は、誕生時から移民国家だったとも言えます。しかも外国文化を柔軟に受け入れ、国を発展させてきました。むしろ、江戸期の鎖国は例外的だったとも言えます。もちろん、鎖国の効用もありましたが、安土桃山時代の国際性を失ったことは大きかったように思えます。多様性が社会を活性化することは明らかです。持論ですが、日本政府は、日本相撲協会に学ぶべきだと思います。なにせ外国人力士が、ちょんまげを結い、日本語を話し、前近代的な稽古に勤しみ、浴衣を着て、ちゃんこを食べているわけですから。下手な日本人よりも日本的です。大関昇進時には、四文字熟語まで言うのですから。(写真出典:bunshun.jp)

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