1937年建造の本館は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計です。ヴォーリズ合名会社、のちの近江兄弟社の創立者でもあります。施主は、北九州の石炭商・佐藤慶太郎であり、当初は、佐藤の慈善事業の拠点、佐藤新興生活館として使われています。戦争中は、海軍に接収され、戦後はGHQが米軍婦人部隊の宿舎として使っています。ホテルとしての開業は、1954年でした。実業家である吉田俊男が借り受ける形でスタートしています。ホテルの名前は、米軍婦人部隊がつけたニック・ネーム”Hilltop”に由来します。かつては別館もありましたが、2014年、隣接する明治大学に売却されています。
日本クラシック・ホテルの会には、日光の金谷ホテル、箱根の富士屋ホテル、軽井沢の万平ホテル等、9つのホテルが参加しています。山の上ホテルは、建物とコンセプトの基準なら十分に満たしていると思いますが、創業が浅いので入会していないのでしょう。日本にも、アール・デコ建築は、多少、存在しますが、ホテルはここだけだと思います。曲線のアール・ヌーヴォに対して直線のアール・デコと言われますが、アール・デコの特徴の一つは、エキゾティシズムだと思います。山の上ホテルは、外観から調度品にいたるまで、アール・デコで統一されていますが、私のお気に入りは、廊下や階段に配されたタイルです。エキゾティシズムを感じさせる色や質感が、自己主張することなくあしらわれ、上質感を醸し出しています。ステーキ・レストラン”ガーデン”から望む小さな庭も、とても感じが良く、好きですね。
山の上ホテルの大きな特徴は、食事だと思います。なかでも最も有名なのは”天ぷら山の上”でしょう。天ぷらの名店は数々ありますが、かつて東京に君臨していたのは”近藤”と”みかわ”だったと思います。さつまいもの天ぷらで有名な銀座の”近藤”は、天ぷら山の上の料理長を永年務めた近藤さんの店です。私が、天ぷらの美味しさ、奥深さを、はじめて知ったのは、ここ天ぷら山の上です。中華料理”新北京”の安定感のある味も大好きです。贅沢な素材から丁寧にとったと思われるスープが美味しいので、何を食べても美味しいと思います。コーヒーパーラー”ヒルトップ”のケーキも捨てがたいところですし、メインダイニングの”ラヴィ”の朝食も外せません。小さなバー”ノンノン”のジントニックも好きなタイプです。
一度、年末から年始にかけて数泊した際、おせちのお重が部屋に届けられたことがあります。大きくはありませんが、とても上品で美味しいおせちでした。実は、これ、ホテルからのサービスでした。山の上ホテル最大の特徴は、ホスピタリティだと思います。サービスのブランド化やホスピタリティが叫ばれる遥か以前から、山の上ホテルの接客は見事でした。ファンの多くは、この居心地の良さを生み出すホスピタリティの虜になったのだと思います。(写真出典:travel.watch.impress.co.jp)