2021年3月17日水曜日

セント・パトリックス・デー

3月17日は、セント・パトリックス・デーです。5世紀、アイルランドにキリスト教を広めた聖人の命日です。聖パトリック、あるいはラテン名でパトリキウスとも呼ばれますが、4世紀、ウェールズに生まれたケルト人です。16歳の時、アイルランドの海賊に拉致され、奴隷として売られます。羊飼いとしてアイルランドの野山で一人過ごすなか、神の啓示を受けた聖パトリックは、拉致から6年後、アイルランドから逃走して故郷に戻ります。荒野を踏破し、海を渡る厳しい道のりだったようです。その後、大陸へ渡り、7年間神学を学んだ聖パトリックは、ローマ司教の命を受け、かつて奴隷として辛酸をなめたアイルランドへ布教のために渡ります。

当時のアイルランドは、族長たちによる群雄割拠の時代であり、争いが絶えませんでした。また、ケルト人独特の多神教の司祭ドルイドたちが支配する島でもありました。聖パトリックは、アイルランドにキリスト教を伝えた最初の人ではありません。聖パトリックの前にも、ローマ司教は布教を試みています。しかし、見事に失敗しています。極めて厳しい環境下での布教は、困難を極めたようです。聖パトリックは、アイルランドから逃げ出した港に上陸しますが、歓迎されず、北部へと拠点を移して布教をしました。30年に及んだ布教活動の結果、聖パトリックは、アイルランドに、365の教会と12万人と言われる信者を残しました。

聖パトリックの布教が成功した背景には、彼がアイルランドをよく知り、言葉を話せたことがあります。また、王族や貴族の女性たちへの布教が、その影響力や寄進といった観点から、大きな成果を生んだともされます。最も有名な話は、アイルランドを象徴するクローバーに似た三つ葉のシャムロックの活用です。そもそもドルイド教では、3という数字が重視され、シャムロックの三つ葉も大事にされていました。聖パトリックは、三位一体をシャムロックを使って説いていったとされます。今でも、セント・パトリックス・デーの名物は、緑色とシャムロックです。聖パトリックにまつわる伝説は多くあるようです。アイルランドから蛇を追い出したという話も人気です。確かに、アイルランドに蛇は生息していないようですが、そもそもアイルランドには、氷河期以降、蛇は生息していなかったようですが。

NYは、アイリッシュの多い街です。19世紀半ばのじゃがいも飢饉で、多くのアイリッシュがアメリカへ移民します。遅れてきた移民であるアイリッシュは、社会の底辺から、警察官や消防士として這いあがります。いまでも、警察や消防の殉死者を葬う公葬は、本人の宗教を問わず、バグパイプが葬列を先導し、五番街の聖パトリック大聖堂で葬儀が執り行われます。そんな土地柄ですから、3月17日には、世界最大のセント・パトリックス・デー・パレードが行われます。また、それは毎週のようにパレードが行われるNYでも最大級のものでもあります。その日は、アイリッシュに限らず、皆、何かしら緑色のものを身に着け、パブでは緑色のビールを飲みます。NY郊外にあった自宅の後ろにはアイリッシュ系の家族が住んでいました。毎年、3月17日が近づくと、週末は、一日中、おやじがバグパイプの練習をしていました。

2007年には、「日本アイルランド外交関係樹立50周年」を記念して、セント・パトリックス・デーに、東京タワーが緑色にライトアップされたことがあります。夜空に浮かび上がる緑の東京タワーは、実に印象的でした。もちろん、聖パトリックの遺徳を偲ぶ日ではありますが、アイリッシュにとっては、春の訪れを寿ぐ日でもあるのだと思います。どんよりとした雲に覆われ、寒い日が続くアイルランドでは、春の訪れは、格別な思いをもって迎えられるのでしょう。(写真出典:nydailynews.com)

マクア渓谷