2021年3月14日日曜日

「春江水暖」

 監督:グー・シャオガン   2019年中国

☆☆☆☆+

中国山水画の最高傑作とも言われる黄公望の「富春山居図」の現代版映画化です、と言い切りたくなる作品です。山水の絵巻物仕立ての映画など、誰も考えつかなかった発想です。富春江の美しい四季の景観、三世代が映す時代の変化、四人の息子それぞれの生き方、それらを丁寧な構図、長いワンショット、自然な演技で映像化し、見事な絵巻物に仕立てあげています。中国第七世代の監督に、また、新たな才能が登場しました。しかも、中国の古典に立脚した、これまでに類を見ない監督の出現とも言えます。歴史的な出来事かも知れません。ちなみにタイトルの「春江水暖」は、中国を代表する詩人にして書家である蘇東坡の「恵崇春江暁景」から引用してます。元になった一文は「春江水暖鴨先知(春江 水暖かにして 鴨先ず知る)」です。また英題は、「富春山居図」の英語タイトルそのものだそうです。

舞台となっているのは、富春江が流れる杭州市富陽区。黄公望が魅せられ、「富春山居図」を描きあげた頃の風景を残しつつも、杭州市に飲み込まれた町です。その歴史は古く、紀元前3世紀に、秦が置いた富春県に始まると言います。三国時代、呉を建てた孫権は、ここの出身です。富春県は富陽市になり、2014年には杭州市富陽区になりました。ただ、水辺の柳の散歩道や、川を見下ろす東屋等、富春江の風情を残しています。映画は、その四季を丁寧に、かつ長いワンショットで捉えています。カメラは、止まることなく、パンし続け、計算されたタイミングで、風景を、ドラマを映し出します。まさに山水そのものであり、巻物そのものです。エンドロールを見ると、撮影は2年がかりで、多くのスタッフが入れ替わり携わったことが分かります。黄公望も「富春山居図」を描きあげるのに、7年かかったそうです。

グー・シャオガン監督自身も富陽区の出身であり、故郷の風景を、そして故郷の人々を、愛情をもって撮っています。山水画には、幽玄な自然とともに、極々小さく人物が描かれることが多くあります。文人とその庵であったり、里の人々の営みであったりしますが、いずれも自然のなかの小さな存在として描かれます。そういう意味では、この映画で静かに展開されるドラマも、山水画そのものだと言えます。絵画的ドラマ、とでも呼びたくなります。三世代の意識の移り変わりを映すドラマは、誰もが経験するであろう人生模様であり、抑えた演技が、その普遍性をよく表しています。聞けば、俳優の多くは、監督の親類縁者とのこと。予算的な制約ゆえの起用でしょうが、結果、いい味を出しています。

監督は、岩井俊二の作品を見て映画好きになり、ヒンドゥー教に興味を持ったことから、インド哲学を踏まえたジェームス・キャメロンの「アバター」(2009)に強く影響を受けたそうです。本作は、ホウ・シャオシェンやジャ・ジャンクーの影響、あるいは台湾ニューシネマの影響が指摘されるのでしょう。ただ、この映画の最大の特徴は、中国古典に立脚している点であり、極めてユニークな存在だと思います。当初、監督は、中国の多くの若者たちと同様、古典なんか退屈な代物だと思っていたようです。ところが、書を習ったことで、見方が大きく変わったと言います。古典文化を知るにつれ、映画を撮りたくなったと言います。この映画の良い影響を受けて、世俗的、拝金主義的、利己的な印象の強い中国の若者たちが、中国の古典文化に親しみ、中国の伝統文化にプライドを持つようになってもらいたいものだと思います。いわば、文化大革命の清算、逆回転の文化大革命を期待します。

ラスト・シーンには、「巻一 完」という文字が出て、あらためて山水の絵巻物だったことが分かる仕組みになっています。ということは、”巻二”もあるわけですが、実は映画冒頭で示唆されています。巻二は、富春江を下った杭州が舞台となり、2022年に予定されるアジア競技大会前後の街の変化をテーマにするようです。すでに「銭塘茶人」というタイトルも公表されています。巻二は、「清明上河図」がモティーフになるようです。台北の故宮博物院で写本を見たことがあります。開封における清明節の賑わいを丁寧に描いた傑作で、飽きることなく見入ってしまいました。23年に予定される公開が、今から楽しみです。(写真出典:moviola.jp)

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