2021年2月27日土曜日

人別改帳

宗門人別改帳
現役の頃には、毎晩のように宴席や飲み会があり、平日の夜にTVを見ることは稀でした。最近は、TVを見る時間も増え、お気に入りの番組もあります。NHKの「ファミリーヒストリー」も、その一つです。芸能人等の先祖を調査し、紹介する番組です。不定期ながら、2008年から放送されてきたようです。お気に入りの芸能人のことなら、先祖まで知りたいという程度の番組だと思い、見たこともありませんでした。ところが、数年前、桂歌丸の回を見て、感動しました。確かにファミリーのヒストリーですが、庶民の近代史そのものなのです。当然、歴史は俯瞰的であり、巨視的なものになりますが、一人ひとりの人間は、時代の波の中で右往左往しているわけです。庶民の視点から見た近代史と言える、実に興味深い番組だと思います。

人によっては、あるいは、アクセスできる記録の古さ如何ではありますが、概ね、江戸末期くらいまでは調査してあります。そのあたりまで遡れ、かつ面白みのある調査結果が出た場合のみ放送しているのだろうと思っていました。ところが、まず人選をし、本人の了解や委任所を取り付けてから調査しているようです。とすれば、大変な調査力だとも思いますし、また日本の記録文書の豊富さに驚きます。日本の場合、火事や天災が多く、空襲もあったので、記録の多くは失われていると思っていました。安土桃山時代に始まる人別改帳、そして江戸期の宗門人別改帳のすごさを、しみじみ感じさせます。

かつて、侍の多くは、平生、農業も行っていました。しかし、戦国時代になると、戦さが頻発し、侍の専業化が進みます。この過程において、刀狩りも行われ、身分制度が確立していきます。その際、即応性を高めるため城下に常駐するようになった侍が、自らの領地内の労働力を把握管理するために人別改が始まります。江戸期に至り、禁教令が発出され、キリスト教徒ではないことを寺が保障する寺請制度が施行されます。その際の基本台帳として、宗門改帳が、人別改帳をもとに作れらます。これが、各地の寺に、あるいは寺から自治体の資料館や図書館に移され、保管されているわけです。宗門人別改帳が無ければ、ファミリーヒストリーという番組も中途半端なものになっていたかも知れません。また、宗門人別改帳まで遡ることから、差別を助長するのではないかとの懸念もあるようです。

NYに赴任した頃、米人たちと家族の話になり、私の家は400年前に近江国から出た呉服屋の家系だと言ったら、お前は貴族なのかと言われました。日本では、多くの人が、それくらい遡れると言ったら、さらに驚かれました。歴史の浅い国では驚異的なことなのでしょう。アメリカには戸籍制度がないことも、家族の歴史が辿りにくい背景にあります。むしろ、戸籍制度、あるいはそれに近いものを持っている国は、日本、台湾、中国だけと聞きます。かつて稲作文化中心の国には戸籍制度があったようですが、十数年前、韓国が切り替えたように、今では欧米同様の国民番号制が主になっているようです。ドイツでも、戸籍に似た家族簿という仕組みがあるようですが、ナチスの時代には、ユダヤ人虐待に使われたようです。

ファミリーヒストリーという番組が成立するためには、人別改帳や戸籍制度は欠かせないものですが、現代に戸籍制度は本当に必要なのでしょうか。国民番号系の仕組みは、個人を基本とする管理体系であり、一方、戸籍制度は、家族を基本とする体系です。明治期以降、幾度かの産業構造の転換を経験し、もはや家族と生産手段とコミュニティが一致していた時代は、とうに過ぎ去りました。遠からずうちに、マイナンバー制度一本に集約されていくのでしょう。実は、お墓の問題も、似たような状況にあると思っています。(写真出典:kosho.or.jp)