監督: ポール・グリーングラス 原題:News of the World 2020年アメリカ
☆☆☆+
2016年、全米でベスト・セラーとなったシャーロット・ジルスの「News of the World」の映画化。1870年、家族を殺され、カイオワ族の一員として育てられたドイツ系移民の少女を、新聞の読み聞かせを生業とする退役軍人が、彼女の親戚のいるテキサス南部まで送り届けるという話です。ゆっくりとしたテンポが心地よい西部劇です。この映画を、一言で申しあげるならば、「ザ・トム・ハンクス・ムービー」ということになります。トム・ハンクスの魅力と存在感だけで映画が成立していると言っても過言ではないでしょう。加えるとすれば、少女役のヘレナ・ゼンゲルの魅力です。言葉が通じず、いつも仏頂面の少女が、ラスト・シーンで見せる笑顔は最高です。この笑顔を見るためだけでも、この映画を見る価値があります。よくこんな少女を見つけたものだと感心します。インディアンにさらわれ育てられた白人少年の実話がベースにあるようです。少年は、結局、言葉を覚えず、親戚にも見放され、疎外感のなかで死んだようです。西部各地で、人を集め、一人10セントで、新聞を読み聞かせるという商売も実際にあったようです。新聞社が乱立し始めた時代ですが、鉄道網もまだ十分ではなく、西部で新聞は貴重だったのでしょう。もちろん、移民が多く、識字率も低かったため、成立していた商売だと思われます。南北戦争から5年後、まだ北軍に占領支配されている敗戦国テキサスが舞台。主人公のキッド大尉は南軍の復員兵であり、戦争の傷を引きずっているという設定が、実に効果的だと思います。原作では、主人公を取り巻く環境は、もう少しこみいっていますが、シンプルな翻案が成功しています。
監督のポール・グリーングラスは、北アイルランドの”血の日曜日事件”をドキュメンタリー・タッチで描いた「ブラッディ・サンデー」で、ベルリン映画祭の金熊賞をとっています。その後、アクションもので確かな腕を見せています。この映画には、自然、あるいは自然と共存する人々へのリスペクトがベースにあります。ワイドな画面に映し出される西部の荒野は、確かに”茫漠たる”ものですが、慈しみをもって描かれています。それが、ゆったりとしたテンポと相まって、良い効果をあげています。所々、カメラを振るあたりにアクション映画の癖が出ており、やや気になりました。
それにしても、この重たい邦題は、一体、どうしたんでしょう。原作のタイトル "News of the World" は、単に主人公の生業に寄せただけではなく、作者の多くの想いが詰まっているように思えます。例えば、Newsは、ニュースばかりでもなく、少女にとっての New World であったり、少女を通して主人公が見出す New World であったりもします。ただ、日本で公開する映画のタイトルとしては、内容がイメージしにくいことは理解できます。同じ理由で、邦題と原題が、大きくかけ離れているケースは、ままあります。とは言え、ベスト・セラーの映画化の場合には、もう少し原題を尊重すべきではないかと思います。
馬車に揺られながら、主人公と少女は、お互いの言葉を教え合います。主人公は、白人について「「我々は直線的に考える」と表現します。一方、カイオワ族は、大地、空、精霊、祈り、すべてを「環」として捉えることを知ります。この映画には、アメリカの歴史、あるいは西部開拓史に関わる、実に多くのファクターが散りばめられています。フロンティアが壊してきたもの、あるいはフロンティアによって失われたものの長いリストのようにも思えます。(写真出典:newsoftheworldfilm.com)