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近鉄・榊原温泉口駅 |
いわゆる「美人の湯」といわれる温泉は、湯ざわりが、多少、ぬるっとしているように感じます。これは、お湯にぬめりがあるわけではなく、お湯に含まれるアルカリ成分や炭酸水素ナトリウム成分が、古い皮膚を溶かす効果があり、それがぬめりを感じさせているようです。ですから、湯上りには、肌がすべすべになっており、美人の湯と称されるようです。私が知り得る限り、このぬるぬる感が最も強いのが榊原温泉です。榊原温泉の湯質は、アルカリ性単純泉であり、しかも高アルカリ泉だそうです。そういう意味では、最強美人の湯として、もっと有名であっても良いと思うのですが、現実はそうでもありません。
江戸後期の温泉番付「諸国温泉功能鑑」は、勧進元に日本最古の紀伊熊野本宮の湯(湯の峰温泉)、行司に津軽大鰐の湯・紀伊熊野本宮の湯・伊豆熱海の湯を配し、両大関には有馬・草津が並びます。90ヵ所を超える温泉が載っているにも関わらず、榊原温泉は登場していません。青森の山奥の嶽温泉まで載っているのに、清少納言推薦の温泉が不掲載とは合点がいきません。こんないい湯が、東京であまり知られていないのは何故か、と松坂の人に聞くと、かつて反社会的勢力が入り込み、客足が遠のいたことがある、と聞かされました。なるほどとも思いましたが、千年の湯にあっては、ごく最近の一時期の話に過ぎません。
榊原温泉が、見事な湯質に比べ、知名度がいまいち低いのは、恐らく古来からの位置づけが関係しているのでしょう。榊原温泉は、伊勢神宮を詣でる際の垢離場(ごりば)、いわゆるお清めの場所でした。もちろん、長旅の汚れを落とし、疲れを癒すという意味合いもあったと思いますが、あくまでもお参り前のお清めであり、お伊勢参りの一部だったのでしょう。地元では「宮の湯」と呼ばれていたそうです。また、榊原という地名は、伊勢神宮で使う榊の産地であったことに由来すると言います。江戸期、湯治がブームになると、榊原温泉にも、湯治場が作られたことがあったようですが、いわゆる温泉街もありません。
鎌倉後期の私撰和歌集「夫木和歌抄」のなかに「よの人の 恋の病の 薬とや 七栗の湯の わきかえるらん」という歌があることから、榊原温泉は、「恋の湯治場」とも呼ばれるそうです。面白いチャッキコピーですが、つける薬はないといわれるのが恋の病。さすがに功能のほどを問う人は、昔からいなかったと思われます。さらに言えば、ターゲットが狭く、集客力に欠けるコピーと言わざるを得ません。まぁ、実際、恋煩いの人ばかりが集まり、ため息をついている温泉場を想像すると、やや気色悪いものがあります。(写真出典:ja.wikipedia.org)