2021年1月30日土曜日

「KCIA 南山の部長たち」

 ウ・ミンホ監督  2020年韓国

☆☆☆

1979年に起こった韓国のパク・チョンヒ(朴正熙)大統領暗殺事件を題材とする映画です。事件は、大韓民国中央情報部(KCIA)が持つ接待所で起こりました。宴席を共にしていたKCIA部長キム・ジェギュ(金載圭)が、パク・チョンヒ大統領とチャ・ジチョル(車智澈)大統領警護室長を射殺します。そこで起きたことは、同席していた秘書室長や2名の若い女性による証言で明らかになっています。ただ、キム部長の動機については、圧政者に堕落した大統領を排除する”革命”だったのか、釜馬民主抗争の対応について叱責され、その地位が危うくなったキム部長の個人的動機によるものか、いまだに判然とはしていません。

少なくとも、クーデターとしての計画性が一切ないことから、個人的怨嗟とその言い訳としての”革命”が、キム部長なかで混然一体となっていたのでしょう。本作も、同じスタンスをとっていますが、それでは映画的な展開が難しくなります。ただ、キム部長役のイ・ビョンホン、大統領役のイ・ソンミン等の表情で見せる好演、スピード感ある展開等が奏功し、映画をスリリングなものにしています。一方で、映像がやや平板であること、当時のパク政権と韓国の状況に関する描写が薄いことが気になりました。パク政権の全てを語れば、ストーリーは煩雑になります。大統領とキム部長の関係に焦点を絞らざるを得なかったのでしょう。

本作では、実名を使っていません。関係者も多いのでしょうから、理解できます。ただ、事件の全容をよく知る韓国人はいいのですが、海外の観客には分かりにくくなります。国軍保安司令官が、暴動の鎮圧に空挺部隊投入を提案したり、事件後、一人で大統領執務室の金庫から金塊等を取り出すシーンが出てきます。事件後に、粛軍クーデターを起こし、大統領として軍政を強化したチョン・ドファン(全斗煥)だと思われます。韓国の人たちは、髪型だけで分かるのでしょうが、海外では意味不明だと思います。

近年、韓国映画は、軍事政権、保守政権を、徹底的にたたく傾向にあります。たたかれる理由もあるのですが、青瓦台への忖度も見え隠れします。本作も、その延長線上にあるのでしょうが、キム部長、パク前部長の描き方が、やや微妙です。大統領だけを悪者にするなら、二人はヒーローです。ただ、所詮、二人とも大統領一派ゆえ、手放しで英雄視もできません。独裁政権全体をたたくなら、まるで異なるシナリオになります。難しい所です。そこで警護室長と保安司令官が悪役を一手に引き受けるという構図になったのでしょう。

パク・チョンヒの娘パク・クネ(朴槿恵)大統領が弾劾されるきっかけとなったのは、”チェ・スンシル(崔順実)ゲート事件”です。かつて、キム部長は、チェ・スンシルの父である祈祷師チェ・テミン(崔太敏)と娘時代のパク・クネが不適切な関係にあることをパク・チョンヒに報告します。二人の言い分を聞いたパク・チョンヒはキム部長をひどく叱責します。大統領暗殺事件の裁判では、被告側が、このことも暗殺の動機の一つであったと述べているようです。(写真出典:klockworx.com)

マクア渓谷