2021年1月31日日曜日

「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」

アグニェシュカ・ホランド監督    原題:Mr.Jones 
2019年ポーランド・ウクライナ・イギリス

☆☆☆

ジャーナリストのガレス・ジョーンズによるホロドモール報道を題材とする作品です。ホロドモールを、直接的に描く初めての劇映画だと思われます。原題通りジョーンズの伝記なのか、ジョーンズを通してホロドモールの現実を描くのか、ホロドモールを起こした政治状況を描くのか、様々な重い要素を詰め込みすぎて、焦点がぼけてしまった印象を受けます。さらに、ジョージ・オーウェルを語り部として登場させ、「動物農場」を通じて全体の整理を図っていますが、屋上屋を重ねた印象となり、見事に失敗しています。ポーランド出身のホランド監督は、、アンジェイ・ワイダの弟子で、現在はアメリカで活躍しています。

ホロドモールは、1932~1933年に、肥沃な穀倉地帯ウクライナとロシア南部で起きた人為的大飢饉を指します。犠牲者数は、いまだに定まらず、150万人から1450万人まで諸説あります。スターリンによる極端な圧政が生んだ悲劇であることは確かですが、これがホロコーストやアルメニア人虐殺と同じジェノサイドに当たるか否かについては議論があります。つまり、結果的には、ウクライナでの民族浄化に近いと言えますが、スターリンの目的は農業政策であり、ロシア南部も含まれることから、ジェノサイドとまでは言えないという意見もあります。なお、国連は、「人道に対する罪」として認定しています。

いずれにしても、数百万人が犠牲となった20世紀最大級の悲劇であることは間違いありません。レーニンは、スターリンを後継者に指名しながら、彼をよく知るにつれ、指導者にしてはいけない、と言い残して死にます。スターリンは、熾烈な政治闘争を勝ち抜き、1929年までには、政治・経済・軍事の実権を掌握し、事実上の独裁体制に入ります。スターリンは、共産主義の優位性を世界に示すために、工業生産に力を入れます。ジョーンズは、世界恐慌の嵐が吹き荒れるなか、ソヴィエトだけが好調な経済を維持していることに違和感を感じます。統計資料を精査した結果、統計指標上の数値に矛盾があることに気づきます。ジャーナリスト魂に火が付いたジョーンズは、厳しい監視体制をかいくぐり、ウクライナへ潜入します。

スターリンは、共産主義化のなかで落ち込んだ農業生産を、集団農場化で回復しようとします。機械化された大型農場で、生産性をあげ、生産物をすべて国が確保し、余剰人員を工業へ回すというねらいでした。土地も家畜も奪われ、多くは強制移住させられ、残った農家も作物を国に取り上げられます。農民は農奴以下の状態に置かれ、農業生産も一層落ち込み、大飢饉が起こります。スターリンは、こうした状況は、富農層が招いたとし、銃殺、強制収容所送りにしています。ウクライナは、飢死者であふれているにもかかわらず、スターリンは、取り上げた穀物を工業地帯へ送り、さらには輸出までしていました。ジョーンズが気付いた統計上の矛盾は、とりもなおさず数百万人の命だったと言えます。

映画には描かれていませんが、ソヴィエトへの入国を禁じられたジョーンズは、1934年、日本を経由して満州に入ります。1931年、満州事変が勃発し、翌年には関東軍が満州国を建国しています。その実態を報道するための取材旅行でしたが、匪賊に拉致されます。ジョーンズの身柄は、別の匪賊に売られ、1935年、射殺された遺体が発見されます。二番目の匪賊は親ソ派であり、ジョーンズを殺害したのはソヴィエトの秘密警察である内務人民委員部(NKVD)、後のKGBだとされています。(写真出典:amazon.co.jp)

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