2021年1月24日日曜日

世界中が知っている? 

1980年代半ばと記憶しますが、エジプトのカイロでのことです。ナイト・クラブでべリー・ダンスを見るために、タクシーに乗りました。運転手と、お決まりの「どこから来た?」に始まる会話をしていると、カー・ラジオからとても魅力的なアラブ音楽が流れてきました。「この歌、いいな」と言うと、「お前、ウム・クルスームを知らないのか?信じられない。世界中で有名だぞ!」と言われました。ウム・クルスームは、エジプトを代表する歌手ですが、確かにエジプト国外でも高い人気を誇っていました。ただし、アラブ世界に限ってのことです。

学生時代のことですが、友人と遊びに行った小樽港で外国船員と立ち話になり、結局、乗船してお茶やお菓子にタバコを御馳走になったことがあります。船員たちはフィリッピン人で、話していると女性の名前が出ました。ポカンとしていると「お前ら、知らないのか。彼女はミス・ユニバースになったフィリッピン人だ。世界中の人が知っているぞ」と言われました。調べてみると、確かに1973年のミス・ユニバースは、フィリッピン代表でした。

両者とも、地元のTVはじめマスコミが、彼女は世界中で有名だと、大げさに騒ぎたてたのでしょう。マスコミの誇張表現は、その本質に根差したもので、そんな代物だと理解すべきなのでしょう。ただ、問題は、それを真に受ける人たちも多いということです。日本のTVも同じですが、かつてはもっとひどいものでした。昔から、気になっていたことの一つは、「日本の○○が、今、アメリカで大ブームになっています」的なニュースです。実際には、数十人くらいに流行っているだけでも、大流行と言い切るわけです。

80年代後半、ダイエット・ブームを背景にアメリカでは寿司が大流行、と報道されていました。NYに赴任してみると、いわゆる寿司バーはごくわずか、食べてる人はお金持ちで流行に敏感なごく一部のみ。企業で言えば、役員クラスは食べたことがあり、中堅幹部以下は日本食すら食べたことがないというのが実態でした。それどころか、生のものは食べないというアメリカ人がほとんどで、中西部に至っては、海のもと言えば海老くらいしか食べたことがないというのが実態でした。一部で人気という意味では、今の東京のペルー料理くらいの感じであり、大流行とは言えません。「富裕層に注目されている」というのが正しい表現だったと思います。

民放は、良いコンテンツを制作・放送するためにスポンサーの協力を得ているのではなく、本質的には、より多くの人に、より多くCMを見てもらうために注目コンテンツを制作するということなのでしょう。商品の誇大広告は公正取引委員会が目を光らせています。一方、TVコンテンツの誇張表現は、BPO(放送倫理・番組向上機構)の審査対象だと思われます。ただ、あまり細かな事案は扱わないのでしょうし、表現の自由との関係も難しそうです。(ウム・クルスーム 写真出典:ja.wikipedia.org)

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