監督:クレベール・メンドンサ・フィリョ、ジュリアーノ・ドルネレス 2019年フランス・ブラジル
☆☆☆
本作は、手練れの監督が、技を駆使して、わざわざB級仕立ての映画を撮ったという印象です。面白いことは面白いわけです。特に映画好きの観客は大きな拍手を贈るのでしょう。ただ、一番楽しんでいるは、間違いなく監督本人です。本作は、監督のB級映画へのオマージュであり、別の言い方をすれば、フェイクB級映画です。観客は、監督の趣味に付き合あわされている、とも言えます。カンヌで審査員賞を獲得するなど、各映画祭で高く評価されていますが、こういう映画をどう評価すべきなのかと考えさせられます。ま、面白ければ、それでよい、という結論になるのでしょうが。まずはプロットが上出来だと思います。殺人ゲームに田舎政治家をからめ、癖のある村人たちの団結と、B級映画らしいプロットが見事に準備されています。監督のジョン・カーペンター好きは明らかですが、それに懐かしいマカロニ・ウェスタンの味付け、つまり、エログロ要素、安っぽい音楽、素人っぽい演技、シェークエンスのつなぎの下手さ、といったB級映画テイストが散りばめられています。そういう意味では、なつかしさ満載のフェイクB級映画に仕上がっています。ただ、計算づくかも知れませんが、所々、監督の腕の良さが見え隠れし、フェイクであることを印象付けています。
監督の前作「アクエリアス」は印象に残る映画でした。老朽化した海辺の高級マンションに住む女性と立ち退きを迫る不動産屋の戦いを描いた映画です。政治的でもあり、社会派テーマでもありますが、それ以上に監督のユニークな詩的表現が非凡さを感じさせる映画でした。丁寧に作り込んだ映画に監督の腕の良さを感じました。今回も、B級テイストの再現には、しつこいほどの丁寧さを感じさせます。監督は、ジャーナリストの出身。ドキュメンタリー作家として活躍した後、42歳で「O Som Ao Redor(隣の音)」を初監督。いきなりアカデミー外国語映画賞にノミネートされています。本作が3作目となります。丁寧な作り込みは、ドキュメンタリー作家時代に培ったものかも知れません。
「アクエリアス」で主演したブラジルの国際派女優ソニア・ブラガが、バクラウ村の女医として重要な役回りを担っています。「アクエリアス」でのきめ細かな情感を表現した演技とは打って変わり、変な老女医を楽しんで演じていました。彼女は、80年代には、ロバート・レッドフォードやクリント・イーストウッド、あるいはヴァン・ヘイレンのリード・ヴォーカルだったデイビット・リー・ロスと浮名を流した恋多き女でもありました。女優としては、実にいい歳の取り方をした人だと思います。長いキャリアを持つ俳優にとって、エキセントリックな役柄を楽しめるかどうかは、歳の取り方の一つの目安のように思えます。
本作は、コーエン兄弟の「ヘイル・シーザー」、あるいはタランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」といった監督たちの個人的映画愛に満ち溢れた映画につながるところがあります。大きな違いは、他の2作が、楽屋落ち的なアプローチだったのに対して、本作は、真っ向からフェイクを作りにいったことです。そういう意味では、ローレンス・カスダンの西部劇「シルバラード」に近いように思えます。(写真出典:eiga.com)