寒い冬ほど、にしん漬はよく漬かる、と母が言っていました。理屈は分かりませんが、確かにそういう気がしました。今時は、家庭で漬けることも少なくなったと思いますが、にしん漬は、北海道・東北の冬の味覚です。北海道では、身欠きにしん、なた割の大根、キャベツ、ニンジンなどを漬けます。東北では、身欠きにしんと大根だけ漬けます。いずれにしても、にしん独特の風味がおいしい漬物です。私は、札幌大球と呼ばれる巨大なキャベツを使った北海道のにしん漬が大好物。冬の楽しみの一つです。
にしんの内臓を取って干し、保存用としたものが身欠きにしんです。江戸から明治にかけて、北海道ではにしんが大量に獲れました。別名「春告魚」とも言われ、春の魚です。一時期に大量に獲れるので、保存食品として身欠きにしんが作られたわけです。ちなみに、当時のにしんの主な用途は、いわしと同様、肥料でした。江戸期、農作物の生産量が飛躍的に向上した背景に、いわしやにしんの肥料の存在があったと聞きます。身欠きにしんは、米のとぎ汁などで戻してから料理に使います。煮物や甘露煮、東北では昆布巻にも使います。京名物のにしんそばも、身欠きにしんを柔らかく甘く炊いたものが使われます。京都のにしんそばと言えば、「総本家にしんそば」を名乗る京都南座の松葉が発祥の店とされます。福井県小浜市から京都の出町につながる若狭街道は、別名「鯖街道」とも呼ばれます。海のない京都では、鯖街道から運び込まれる塩鯖はじめ若狭の海産物が貴重な動物性たんぱく源だったわけです。鯖街道の起源は、平城京までさかのぼるとも言われます。北前船で運び込まれた身欠きにしんも同様に、鯖街道を通って京都に入ったのでしょう。松葉のにしんそばも美味しいのですが、実は、北海道江差町の名物でもあります。ことに横山家の濃い出汁のにしんそばは絶品だと思います。
にしんの味は、結構自己主張が強く、身欠きにしんにしても、その味が失われないところが特徴だと思います。にしんそばは京名物ですが、一方、にしんうどんもあるにはあるのですが、あまり聞きません。おそらく身欠きにしんの自己主張が強すぎて、うどん出汁では負けてしまうからではないかと思います。なにせ京都のうどんは出汁が命ですから。長期保存が可能で、風味も失なわれない身欠きにしんは、貴重な存在ですが、その個性ゆえに、さほど料理のバリエーションは広くないのだと思います。
昔、身欠きにしんは、価格が安く、箱売りしかありませんでした。にしん漬に大量に使うということもありますが、各家庭には必ず身欠きにしんの箱があったものです。京都ならずとも、北国でも、冬場の貴重なたんぱく源だったわけです。(写真出典:ec.line.me)