2020年12月10日木曜日

騒がしい客席

 NYへ赴任して、最初に見た映画は、ジョー・ダンテ監督の「インナー・スペース」だったと記憶します。二つ、驚いたことがあります。一つは料金の安さ。日本では、既に1,500円程度まで上がっていましたが、マンハッタンで見れば4ドル程度、郊外なら2ドル程度でした。もう一つ驚いたのが、えらく騒々しい客席でした。「インナー・スペース」は、デニス・クエイドとメグ・ライアン主演のSFコメディ。当時、TVのサタデー・ナイト・ライブで人気だったマーティン・ショートが準主役でした。タイトル・バックにマーティン・ショートの名前がクレジットされた瞬間、バカでかいコーラとポップコーンを抱えた観客たちから、声がかかり、大拍手と笑い声が起きます。その後も、終始、その調子で、実に騒がしい客席でした。

最も印象的だったのが、翌年、郊外の家の近くで見たブルース・ウィリスの「ダイ・ハード」。ほぼ遊園地状態でした。ブルース・ウィリスがピンチになると、観客はいちいち「キャー!」と悲鳴をあげ、がんばれと声を掛けます。ブルース・ウィリスがやられるわけがないと分かっているのに、この大騒ぎ。声を出して、大騒ぎで見れば、映画は倍楽しめるな、と思いました。当時、ビデオが浸透し、巨大なブロック・バスターズといったビデオ・レンタル・ショップが活況を呈していました。映画は、劇場からビデオ主流に変わるのではないかと思っていました。しかし、騒がしい客席を見て、アメリカ人が映画館から離れることはないな、と確信しました。

かつて日本の映画館も、声がかかり、拍手が起きていました。典型的には東映の任侠映画です。高倉健が長ドスを抜けば「待ってました、健さん!」と声がかかり、拍手の渦となっていたものです。さらに映画館を出る観客は、皆、肩を怒らせ、健さんになり切っていました。本来、大衆芸能の客席とは、そういうものだったのだろうと思います。浮世絵等を見ると、江戸期の歌舞伎では、観客が弁当を食べ、酒を飲み、大騒ぎで楽しんでいる様子が見えます。今、歌舞伎座でかかる声は、いわゆる通がかける役者の屋号だけ。いつ頃からか、歌舞伎が大衆芸能であることをやめた時から変わったのでしょう。

現在も、江戸期の客席の風情を残すのは、大相撲と吉本のなんば花月劇場くらいのものでしょう。国技館に至っては、いまだにマス席のままで、弁当を食べ、やきとりをつまみに酒が酌み交わされます。歓声も野次も飛び交い、座布団まで飛びます。茶屋の若い衆が、たっつき袴で場内を行き来し、酒を運ぶ様は、まさに江戸そのものとも言えます。もちろん、取組を観戦することが目的ですが、滅多に来場できない客が大層を占めることもあり、場内はお祭りに近い状態となります。それも含めて本場所の魅力だと思います。今年は、コロナ禍で、観客数も制限され、飲食も禁止、声も出せず、茶屋も店を閉めてる状態が続きます。取組に集中できるとも言えますが、華やいだムードに欠け、結構、さみしいものです。

クラシック以外の音楽のライブは、おおむね賑やかにやっています。面白いと思うのは、AKB48以降の秋葉系アイドルのライブです。行ったことはありませんが、音楽と舞台の中間的な存在であり、結構、江戸の大衆芸能のムードを持っているようにも思えます。ひょっとすると江戸の大衆芸能の唯一正当な後継かも知れません。才能豊かな秋元康という人は、ライブの何たるかをよく心得た人だと思います。(三代歌川豊国「踊形容江戸絵栄」部分 写真出典:eonet.co.jp)

マクア渓谷