2020年日本 監督:坂田栄治
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2019年初場所前から夏場所までの間、境川部屋と高田川部屋を取材したドキュメンタリーです。今年、引退した元大関豪栄道の男っぷりの良さに惚れ直します。相撲ファンというものは、何度でも本割の取り組みを見たいものです。また、なかなか見る機会のない稽古場での申し合いも興味つきないものがあります。しかも、それを大画面と迫力ある音響で楽しめるわけですから、もう最高ですよ。一方、映画ファンとしては、ドキュメンタリー映画のテーマに迫っていくプロセスに魅力を感じるものです。それはミステリーの謎解きに近い快感でもあります。残念ながら、この映画には、それがありません。何をしたかったのか、まったく不明な映画です。なにかTVの密着取材のようにしか見えません。同じTVでもNHK特集等はテーマへの切り込みに鋭さがありますけどね。
ある意味、謎に満ちた映画ですが、これが初監督作品となる坂田監督のバックグランドや制作経緯を読んで、すべて納得しました。坂田氏はTBS局員で、バラエティー番組の制作をしてきたそうです。担当する「マツコの知らない世界」で相撲界に触れ、感動した坂田氏は、もっと相撲を知り、世間にその魅力を伝えたくて、私財を投げうって、この映画を制作したとのことです。道理で薄い映画になっていたわけです。男豪栄道の相撲人生に絞っていれば、結構、いいドキュメンタリーになっていたと思います。
気になるのは、坂田氏が、相撲を、武術、あるいは格闘技と捉えている、ないしはそのようにプレゼンしていることです。相撲はサムライの武術ではありません。確かに相撲の発展のなかで武家相撲がありました。ただし、それは、あくまでも日ごろの鍛錬が目的であり、戦場での組み合いを想定した訓練でした。体系化され教練されたものではありません。武道は、明治に確立された概念で、それ以前の武術は古武道とされました。古武道の武芸十八般に柔術はあっても、相撲は含まれていません。現在、相撲道は武道に含まれます。武道の”道”は、稽古を通じて人格を形成するという意味です。相撲のスポーツとしての一面や格闘技としての一面は否定しません。ただ、それだけでは相撲を理解できないと思います。
もともとプリミティブな争いの形態だったものが、相撲として、遊びや鍛錬、さらには勧進や興行へと進展してきたのでしょうが、現在の相撲につながる根本は神事にあります。土俵の内外で行われる所作は、神事に基づいており、取り組みは、そのなかの一つです。相撲をコンタクト・スポーツとして見た場合、ルール、ことに禁じ手の少なさは世界一だと言われます。握り手で殴る、急所をつく等、わずか八つだけです。それはルールが古いからではなく、神事由来の武道だからと言えます。近年、相撲の国際化に伴い、神事由来の武道としての理解が薄らぐ傾向も見受けられます。ただ、相撲の多くの所作が、神事由来の相撲に対する理解を下支えしていると思います。(写真出典:kumin.news)