2020年11月29日日曜日

「シカゴ7裁判」

監督:アーロン・ソーキン    2020年アメリカ   

☆☆☆☆

1968年のアメリカは、大きな混乱のなかにありました。4月にはマーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺され、6月には民主党大統領選挙候補だったロバート・ケネディも暗殺され、学生たちによるヴェトナム戦争反対運動が高まりを見せた年でした。8月、シカゴで大統領選挙に向け民衆党大会が開催され、ヴェトナム戦争反対を訴える5千人の若者も押し寄せます。シカゴ市長リチャード・デイリーは、警察官、機動隊、州兵等総勢3万人態勢で警戒にあたります。26日夜、リンカーン・パークに残る若者たちと報道陣に対して、警察の弾圧が開始されます。警察による暴行は5日間に渡り、数百人に及ぶ負傷者が出ました。

ジョンソン政権は、デモのリーダーたちを不起訴とする判断をしていましたが、翌年誕生したニクソン政権は、出身母体の異なる8人を共謀罪で逮捕、起訴します。ただ、ブラック・パンサーの委員長だけは切り離され、7人が残ります。いわゆるシカゴ7です。本作は、無理を通そうとする検察と評判の悪い独善的な裁判官に対して、人権派弁護士と被告たちが立ち向かった数ヵ月間を描いています。判決は、5人に対して5年の懲役と罰金を科すものでした。しかし、その後、控訴審は、裁判官の横暴を理由に、すべての有罪判決を覆しています。

本作は、既にアカデミー賞の有力候補とされています。多くの話題作の手がけた脚本家のアーロン・ソーキンが、「モリーズ・ゲーム」に続き、自ら監督しています。2007年には完成していた脚本を、当初はスティーブン・スピルバーグが監督する予定でしたが、ストライキの関係等で紆余曲折があり、結局、自ら監督することになったようです。パラマウントが配給する予定でしたが、コロナの影響から劇場公開を断念、Netflixに売却され、公開されました。Netflixとしては、本作の制作には関与していないものの、「ローマ」、「アイリッシュマン」に続くアカデミー賞候補となりそうです。

さすがに良く出来た脚本だと思います。アメリカ人が好む映画のツボをきっちり押さえています。事実とは異なる脚色も少なからずあるようですが、法廷映画の場合、構図を際立たせ、映画的展開を確保するためには、ある程度止むを得ない麺もあります。キャスティングも見事に達者な役者を揃えています。なかでもクンスラー弁護士を演じたマーク・ライランス卿、ホフマン判事役のフランク・ランジェラという両名優が、いい演技をしています。映像的には、多く存在する記録フィルムに頼らなかったことが好ましい効果をあげていると思います。

もともと9月に公開し、大統領選挙にぶつけていこうと意図していたようです。独裁的なトランプ政権に対する民主主義の戦いを鼓舞しようとしたのでしょう。民主主義とは、実に面倒くさく、非効率で、時には痛い目にもあいます。にもかかわらず、愚直に民主主義にこだわり続けるアメリカの伝統には頭が下がります。作中、エイブラハム・リンカーンの大統領就任演説から「人民は政府を改める憲法上の権利を持つ。革命的権利の行使により、政府を解散させ、転覆させることができる」という言葉が引用されます。監督が、最も強調したかったことなのでしょう。


マクア渓谷