2020年11月20日金曜日

アーミッシュ

 

「刑事ジョン・ブック目撃者」(1985)は、心に残る映画でした。単なる刑事物などではなく、違う世界に住む二人の切ない恋物語と言うべきなのでしょう。違う世界とは、アーミッシュの宗教的世界と刑事の住む荒んだ世界であり、刑事の世界はアメリカそのものを表しているのでしょう。監督はピーター・ウィアー。本作でアカデミー監督賞にノミネートされました。主演は、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったハリソン・フォードでした。

アーミッシュは、宗教的に結束した共同体です。ペンシルベニア州のダッチ・カウンティを中心に、中西部からカナダに分布し、その人口は30数万人と言われます。宗教改革時、ルターやツヴィングリとは一線を画したメソナイトの分派とされます。より聖書に忠実であろうとする原理主義的傾向から迫害を受けます。ドイツ南西部に潜んでいたようですが、17世紀後半、アメリカに移民します。今でも、その宗教的信条から、国家からは独立的であり、外界との接触も限定的です。電気などの文明を拒み、移民当時のままの自給自足の生活を送り、ドイツ古語を起源とする独自の言語を話します。その存在は、アメリカの多様性を伝えるものでもあります。

二度ほど訪れたダッチ・カウンティは、ローリング・ヒルズが連なる美しい田園地帯でした。アーミッシュの村と普通のアメリカ人コミュニティが混在する不思議な世界です。アーミッシュの馬車とアメリカ人の自動車が同じ道を走り、街の通りには伝統的服装のアーミッシュも行きかいます。アーミッシュ々が作ったジャムなど農産品を買うこともできます。いわば17世紀と現代が同居しているわけです。アーミッシュの思いは別として、明らかにアーミッシュはダッチ・カウンティの観光資源となっています。ちなみに、原発事故を起こしたサスケハナ川の中州スリー・マイル島も近くにあります。

アーミッシュに関して、私が最も興味深いと思うのは、教会を持たず、牧師もいないことです。教会や職業的牧師の存在は、布教上、効果的だったと思いますが、一方で、世俗化、あるいは腐敗の源にもなったのではないでしょうか。アーミッシュが、強い絆で結ばれた共同体をここまで維持できているのは、教会と牧師を持たないからだとも言えそうです。農耕が余剰を生み、分業化が進み、文明が栄えます。それは同時に、社会的矛盾拡大の過程でもあったのでしょう。空想的な原始共産主義を良しとするものではありませんが、アーミッシュの存在は、文明論そのものでもあるように思えます。

2006年、アーミッシュの小学校に、精神を病んだ外部の人間が侵入し、銃を乱射します。13歳の少女が、他の小さな子供たちを守ろうと侵入者の前に立ちはだかり、射殺されました。そのけなげさに涙が止まりませんでした。後日、アーミッシュは犯人を許し、その家族を葬儀に招いたと伝えられます。アーミッシュが250年間保持してきた共同体としての真の強さを、改めて認識させられました。(写真出典:history101.com)

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