アルバム名: What's Going On (1971) アーティスト名:マーヴィン・ゲイ
1984年4月1日、最も偉大なソウル・シンガーであるマーヴィン・ゲイは、自宅で実父の撃った銃弾に倒れます。享年44歳。誕生日を翌日に控えた死でした。両親の喧嘩を仲裁している最中、激高した父親が思わずマーヴィンを撃ちます。父親は故殺判決を受け、実刑に服しています。 幼少期のマーヴィンは、説教師であった父親の虐待を受けます。それが生涯のトラウマとなります。父親との関係に悩んだマーヴィンの因縁めいた死とも言えます。マーヴィン・ゲイは、1939年、ワシントンD.C.に生まれます。空軍除隊後、コーラス・グループを結成し、活動を開始。60年に、モータウンのベリー・ゴーディと出会います。モータウンのタムラと契約したマーヴィンは、ジャズ・シンガーを目指していたようです。この時、本名のGayをGayeに変えています。ホモ・セクシャルと誤解されないようにと言われますが、実は父親との決別を意図していたようです。当初、ヒットに恵まれなかったマーヴィンは、ドラマーとして活動しました。その後、ヒットが生まれ始め、モータウンの看板歌手になったマーヴィンは、タミー・テレルとのコンビで名声を確たるものにします。しかし、タミーは脳腫瘍のために24歳で夭折。落ち込んだマーヴィンは、音楽活動を休止します。
こうした精神的不安定は、幼少期のトラウマに起因していたのでしょう。休業中、ヴェトナム戦争から戻った弟から戦場の悲惨さを聞き、マーヴィンは戦争はじめ様々な社会問題に憤りを感じ、それが創作意欲を掻き立てます。そして、ソウルの最高傑作「What's Going On」が生まれました。ベリー・ゴーディは、政治から距離を置くヒット・メーカーとしてのモータウンに固執し、この名曲のリリースを拒否します。しかし、以降モータウンでは歌わないというマーヴィンのストライキに折れ、ついに71年1月にはシングルとして発売。「What's Going On」は、瞬く間に大ヒットとなり、ダブル・ミリオンを獲得。5月には歴史的傑作となるアルバムも発売されました。シングルのヒットで稼ぐモータウンにとって、アルバム・ヒットは異例中の異例でした。
「What's Going On」は、明らかに伝統的なR&Bとは異なります。モータウンが目指した、黒人のためではなく、若者のための音楽というコンセプトをも超えています。まさに普遍性を持った独自の音楽世界です。ネオ・ソウルの先駆的存在と言えます。シンプルに見える歌詞も、短く単純な言葉のなかに強いメッセージ性を持っています。" war is not the answer "、" only love can conquer hate" 等の名言もさることながら、1番の mother、2番の father という冒頭の呼びかけが興味深いと思います。若い世代から親の世代へ呼びかけているのでしょう。ただ、兵士の親たちに呼びかけているようでもあります。さらに言えば、自分の両親、特に父への呼びかけであり、それまでのマーヴィンの思いをぶつけているようでもあります。
ビッグ・ネームとなったマーヴィンでしたが、泥沼の離婚調停、二度目の結婚生活の破綻等から、また精神的に不安定な状態に陥り、薬物依存が強まります。70年代の終わりが近づくと、アメリカ本土から逃げるような生活が始まり、活動も低迷します。しかし、その才能を惜しむ多くの人々の支援を得て復活し、82年には「セクシャル・ヒーリング」を大ヒットさせ、グラミーも獲得しています。マーヴィンの人生を思えば、父親とのこじれた関係が、天才を育て、名曲を生み、死をもたらした、と言えそうです。(写真出典:amazon.co.jp)