2020年10月30日金曜日

「ようこそ映画音響の世界へ」

 2019年アメリカ    監督:ミッジ・コスティン

☆☆☆+

冒頭に語られる「映画は映像と音響でできている」というメッセージに驚きました。確かにそのとおりです。本作は、映画における音響の歴史をたどるドキュメンタリーです。歴史を作った映画監督たちは音響にもこだわり、歴史を作った映画は音響的にも革新的であったことが、よく分かります。改めて映画における音響の重要性を教えられました。ミッジ・コスティン監督自身も音響デザイナーであり、多くの映画の音響を担当してきたようです。それだけに、よく整理され、よく構成されたドキュメンタリーになっています。映画ファンにとっては、たまらなく魅力的な映画だと言えます。

映画の誕生とともに、映像に音響をつける試みがなされたようですが、同期をとることが難しく、弁士や生バンドに頼らざるを得ませんでした。初の長編トーキー「ジャズ・シンガー」が公開されたのは1927年。その音響はレコードに録音され、映像と同期させる機械を使っています。その直後、フィルムに音響を収録するサウンド・トラックが発明され、現在に至ります。ちなみに本作でもクリップされている「ジャズ・シンガー」の有名なセリフが「You ain't heard nothin' yet!」です。初めてのトーキーにふさわしい歴史的名セリフです。ちなみに、和田誠は、これを「お楽しみはこれからだ」と訳し、映画の名セリフを集めた人気シリーズの書名にしました。

1933年の「キングコング」では、音響技師が、存在しない巨大生物の声をつくる必要に迫られます。ライオンの吠える声をスロー再生し、トラの鳴き声を逆再生して重ねる等して、キングコングの声が作られます。技師の執念にも近いこだわりに脱帽です。ただ、映画会社は、音響に関しては感心が低く、コストのかからないストック音源を使いまわす時代が続きます。つまり、どんな銃で撃っても、同じ音がしたわけです。大きな変化は、ラジオから始まったと言います。オーソン・ウェルズのラジオ・ドラマです。特に1938年の有名な「宇宙戦争」は、あまりの臨場感に、警察への問合せ電話が殺到したと言います。

その影響は映画にも広がり、音響が持つ表現力や観客への影響力の大きさが認識されました。以降、映画の音響技術は、ステレオ化、サラウンド・システム、マルチトラック化、デジタル化へと進化を続けています。興味深かったのは「スターウォーズ」の音響です。ジョージ・ルーカスが生音源にこだわったため、音響担当のベン・バートは、1年近く、様々な音源を生録したと言います。また、ルーカスは、R2D2について、何を言っているのか分かるようにしたい、と要求。数か月間、悩み抜いたベン・バートは、言葉とは音の表情だ、抑揚が意味を伝える、ということを発見。そして自らの言葉にキーボードの音を重ね、R2D2の音が生まれます。

映画音響は、言葉、効果音、音楽で構成されます。監督には、音楽を一切使わないという選択肢もあります。本作でも「スリルを高めるなら音楽は使うな」というフレーズが出てきます。近年の音楽の無い映画で最も高く評価されたのはコーエン兄弟の「ノーカントリー」だと思います。ドライでリアルな緊張感を持続させるために、音楽を使わないという選択が実に効果的でした。これも映画音響の奥深さを伝える話の一つなのでしょう。(写真出典:eigaonkyo.com)

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