2020年9月27日日曜日

「TENET」

 2020年アメリカ・イギリス     監督:クリストファー・ノーラン

☆☆☆☆

映画監督の処女作には、その後、その監督が撮る映画のすべてが含まれている、とは、フランソワ・トリフォーの言葉だったと記憶します。「メメント」は、クリストファー・ノーランの二作目ですが、彼が注目された最初の作品であり、クリストファー・ノーランのすべてが詰まっていました。時系列的ではない時間の扱い方が、緊張感を高め、観客の頭脳をフル回転させます。しっかりとした映像、流れるような編集、そして緊張感ある音楽が、テンションを高めていきます。実にヒッチコック的だな、と思ってしまいます。

難解な面もありながら、1億ドル以上の製作費をまかされ、かつ勝ち続けているノーランは、いまやハリウッドの巨匠と言えます。新作「TENET」の製作費は2億ドル超という大作。パーシャル・タイム・マシーンとでも言うべき装置を使った過去と未来からの挟撃作戦は、複雑な時系列を生み出し、またまた観客の頭をフル回転させます。いつも通りの流麗なタッチもあって、150分という上映時間もアッという間に感じます。ただ、ストーリーの難解さから言えば、もう少し時間が必要だったようにも思えます。無論、長くすればテンションの維持が難しくなり、興行的にも問題が生じますので、これが限界なのでしょうが。

少し残念に思えた点が、三つあります。一つは、本作の背景にある環境問題です。行き詰った地球の環境問題,、あるいは原子力問題に対して未来人がたどり着いた対応策がストーリーのベースですが、その訴求がやや薄いように思えます。二つ目は、科学的情報の不十分さです。時間の逆行を生じるエントロピー減少に関する説明は、あまりも難しいので、これで十分だと思います。ただ、ストーリー展開上欠かせない対消滅や窒息など逆行する時間が生むリスクに関する情報が、少なすぎるように思います。三つ目は、映像の広がりということです。難解なストーリーや時系列の扱い方に映画的パースペクティブを与える印象的な映像がノーランらしさだと思います。本作では、ストーリーを追うことに時間が取られすぎている印象があります。

タイトルの「TENET」は、ラテン語の有名な回文に基づきますが、これだけでもとても深い隠喩に満ちています。そうした難解さ、かつコロナ禍での上映といった観点から、今回、ノーランの大勝は難しいかも知れません。ただ、時の魔術師ノーランの集大成的作品であることは間違いありません。(写真出典:amazo.co.jp)

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