2020年9月28日月曜日

クック・ブック

昔、提携していた米国の医療保険会社の本社に呼ばれました。当時、円高に伴い日経企業による米国直接進出がブームの様相を呈していました。先方のマーケティング・スタッフと共同して、日系企業開拓プランを作ってくれ、という依頼でした。ミーティング冒頭のごく短い時間、先方の社長が来てくれました。いわく「君たちは何のために集まったのか、決して忘れるな。Moneyだ。利益を生み出すために、3日間で、いわゆるマクドナルド・クック・ブックを作れ!」これだけです。見事なまでに簡潔な指示。目的を明確にし、すぐに展開可能なマニュアル作成という明確かつ単純な目標を与えられました。アメリカのビジネス・センスに触れた思いがしました。

1954年、マクドナルド・コーポレーションの創業者であるレイ・クロックは、ミキサーのセールスマンとしてマクドナルド兄弟の店を訪れます。彼が驚いたのは味ではありません。スピード・サービス・システムが実現した回転率の高さです。マックが世界を席捲できたのは、システマティックな製造過程とセルフ・サービスであり、それを世界中どの店舗でも確実に運用できるマクドナルド・クック・ブックというマニュアルの存在です。物も、金も、情報も十分ではなかった時代は、売り手主導のマス・マーケティングが主流であり、マニュアルは実に有効な手立てでした。

大統領候補にもなった実業家ロス・ペローは、イラン革命直後、革命軍に捕らえられた自社の従業員を救出するため、元軍人からなるチームを作ります。山中で訓練するチームの夕食を調達するために2人がマックに出向きます。ビッグマック50個くらいをオーダーすると、店員が「Stay or To go ?」と聞いたそうです。吹き出しました。クック・ブックの威力と弱点がよく分かる話です。物、金、情報があふれ始めると、買い手個人主導のセグメント・マーケティングの時代になり、脱マニュアル化の動きがおこります。

代表は、スターバックス。その店舗コンセプトは「街のなじみのコーヒー屋」。笑顔までマニュアル化したマックと異なり、従業員の個性を重視、一切、社内教育はしません。マーケティングは時代と共に変遷すると教わります。それを全面否定するつもりはありません。ただ、マックのビジネス・モデルは今でも有効です。マックとスタバの違いは、マーケティングの新旧ではなく、あくまでもターゲットの違いによるものだと思います。ターゲットを明確にできれば、マーケティングは、ほぼほぼ成功します。

近年、マニュアルは、従来と異なる効用が認められています。マニュアル化できる仕事は、ロボテックスとAIで自動化しやすい面があります。マニュアルは、自動化設計のたたき台として活用できるわけです。マクドナルド・クック・ブックも、クック・プログラム、あるいはクック・アルゴリズムと呼ばれる日も近いように思います。(写真出典:newsweekjapan.jp)

マクア渓谷