2020年9月7日月曜日

フリーク・ウェーブ

18世紀、英国、とある港の居酒屋。船乗りでごった返す店の隅で、片足のない老人が、ぶつぶつと独り言を言っている。新入りが「あいつは何だ?」と聞けば、「ああ、ブラウン爺さんか。あれで昔は大型艦の船長よ。ある時、 嵐にやられ、船は沈み、 本人だけは通りかかった船に救われたってわけよ。それ以来、俺はクラーケンを見た、と繰り返す、 ただの狂人になっちまった。気にするな」

こんな話が、 世界中の港にあったのだろうと思います。 昔から、船乗りは、海にまつわる多くの伝説を共有してきました。最も有名なものはフライング・ダッチマンの幽霊船かも知れません、また、セント・エルモス・ファイヤーのように科学的に解明されたものもあります。ことに巨大な化け物系クラーケンやリヴァイアサンの類いは大人気。俺は見た、 という狂人には事欠かなかったと思います。

実は、彼らは、だたの狂人ではなく、確かに尋常ならざるものに遭遇していたのではないか、と思うのです。それは、化け物ではなく、巨大な波、フリーク・ウェーブだったのではないでしょうか。木造帆船、航海技術も航海機器も不十分だった時代、数十メートルの波に出会えば、即刻沈没だったと思います。生存者などあり得ません。ただ、何人か、奇跡的に生還した場合もあったはずです。命からがら港に戻った彼らは、俺は見た!と叫び、狂人扱いされたわけです。

船舶の大型化、気象衛星による観測等で、従来、あり得ないとされていたフリーク・ウェーブの存在が明らかになりつつあります。気象学的に言う波高とは有義波高であり、波の高さ上位3割の平均であり、理論的には有義波高の倍の波高もあり得ると言います。世界気象機関によれば、有義波高の世界記録は、北大西洋で記録された18.9m。ということは40m近い波もあり得るということになります。通常、波は各々異なる周期や位相を持ち、それらが打ち消し合い、極端に高い波は存在しません。ただ、偶然にも周期も位相も全く同じ波がぶつかれば、フリーク・ウェーブが発生し得ます。

大昔から世界中の港町で狂人扱いされた老船乗りたちに言ってあげたいものです。あんたは、間違っていない! 狂人なんかじゃない!
北海で撮影された25mの波    写真出典:the maritime executive

マクア渓谷