2020年9月11日金曜日

プリンス・マルコ

中学時代、日曜の日程は完璧に同じでした。剣道部の朝稽古、焼きそば屋、その後夕方まで洋画三本立てのセカンド映画館。三本100円だったと記憶します。プログラムは玉石混合ながら、ほぼマカロニ・ウェスタン、スパイもの、軽いお色気系という三本。週替わりのプログラムで、マカロニ・ウェスタンもスパイものも、よくネタが切れなかったものだと思います。なお、お色気ものは、一瞬でも女性のヌード・シーンがあれば内容は関係なくOKだったようで、ここでアントニオーニやパゾリーニ等、多くの名作を見ることができました。

スパイものは、007のヒットにあやかろうと、映画も小説も山ほどありました。そのなかに、フランスのジェラール・ド・ヴィリエの「SASプリンス・マルコ」シリーズがありました。オーストリア王子にして、CIAエージェントのプリンス・マルコが、世界各地で敵と戦い、美女と恋におちます。シリーズはトータル174巻、ド・ヴィリエの死まで続きました。典型的な表紙は、肌を露出した美女が銃器を持っている写真。内容は、実にマンガ的で、軽い暇つぶし系でした。

ただ、舞台となる世界各地の街の風情やその国が抱える問題が、うまく書かれており、スパイ小説というよりは、世界のガイドブックでした。長寿シリーズの秘けつは、ここにあるのではないか、とさえ思います。例えば「ソマリア人質奪回作戦」の舞台は、ソマリアの首都モガディシオ。イブン・バトゥータや鄭和も訪れた古くからの交易港。美しい町並みに美しい女性たちと魅力的に描かれています。いつか行ってみたいと思ったものです。残念ながら、現在のモガディシオは、内戦で徹底的に破壊され、廃墟となっています。

東西冷戦が終わると、エスピオナージ系は勢いを失います。スパイの存在意義が無くなったからです。エージェントたちの敵は、ソビエトからテロリストやナルコ(麻薬密輸業者)へと移ります。プリンス・マルコも同様の道を進んだようですが、1980年を境に翻訳本は、3冊の例外を除き、出版されていません。それでも計63冊の翻訳本が出版されたわけで、驚異的と言えます。私も30冊くらいは読みましたが、さすがにそのくだらなさに力尽きました。

007の著者イアン・フレミングが、パーティでジョン・F・ケネディに紹介された際、大統領から「私は007シリーズの大ファンです」と言われます。イアン・フレミングは「ありがとうございます。ただ、大統領閣下には、もっとマシな本をお読みいただきたい」と応えたそうです。
写真出典:books.rakuten.co.jp

マクア渓谷