2020年7月11日土曜日

世界は驚きに満ちている

「世界は驚きに満ちている」ワクワクさせられるいい言葉です。ユダヤ教ハシディズム派の創始者バアル・シュム・トーブの言葉ですが、正確には「世界は驚きと奇跡に満ちている。しかし、人間は、その小さな手で目を覆い、何も見ようとはしない」となります。私は、自分の好奇心の在り様との関わりにおいて大好きな言葉ですが、本来的には、汎神論的な、あるいはユダヤ教の万有内在神論的な世界観を伝える言葉です。

ハシディズムは、18世紀、東ヨーロッパに始まります。学究的で厭世的な神秘主義的方向へ進みすぎたユダヤ教を、より日常的な信仰生活を通じて神を見出す方向へと軌道修正しました。敬虔主義運動とも呼ばれます。17~18世紀、キリスト教でもイスラム教でも、権威主義に陥った宗教を信者に取り戻すといった復古的、原点回帰的宗教運動が起こります。まさに啓蒙主義の時代でした。ハシディズムの誕生も同じ流れのなかにあるのでしょう。

ユダヤ教は行動を重視する宗教であり、敬虔なハシディズムは、一層、厳格に宗教的生活を求めます。例えば、服装や身だしなみもその一つです。黒い帽子、黒いコート、白いワイシャツにノーネクタイ、ひげ、カールさせた長いもみあげ。男性は、完璧に同じ格好をしています。しかも必ず複数人で行動するので、遠目でもすぐ分かります。ハシディズム派であふれるNYのダイヤモンド・ストリートは、とてもアメリカとは思えない光景です。

近年、ハシディズムをテーマとした映画、ドラマ、ドキュメンタリーが多いように思います。Netflixのドキュメンタリー「One of Us」(2017)もその一つ。ブルックリンのハシディズム・コミュニティから独立しようとする若者を通じて、ハシディズムの実態を描いています。敬虔な宗教生活、独自の言語、独自の教育を持つ排他的コミュニティを抜けることは容易ではありません。コミュニティ最大の目標が、いまだにホロコーストから同胞を守ることだと言います。信じがたい話ですが、それがコミュティの引き締めに使われているわけです。衰退期の組織にありがちな恐怖による支配です。「世界は驚きと奇跡に溢れている」という言葉からは、随分と離れているように思えました。
写真出典:ny daily news

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