
言葉使いも、その一つ。この時代の映画の中では、上の人たちは、下のものに「君(きみ)」と呼びかけます。単なる二人称ではなく、同輩や目下の人に対する軽い敬称です。礼儀正しさの表れなのでしょう。今時、会社でも、世間一般でも聞くことはありません。昔、大先輩のなかに、怒るとき、決まって「きみ~!」から始める人がいました。ちなみに、「主君」といった意味だった言葉が、いつ、どこで同輩や目下に対する軽い敬称になったのかも気になります。
今一つ、日本映画の中の、時代を感じさせる言葉に、女性の「嫌だわ」と「よろしくてよ」があります。1950年代前後の現代劇では、定番の台詞回しでした。いずれも、近年、耳にすることはありません。もっとも、お上品な上流階級では使われているのかも知れませんが、縁がないので、聞いたことがありません。調べてみると、これには「てよだわ言葉」という分類名が付けられており、明治中期、山の手の女学生の間で流行した言葉だそうです。それを小説家たちが作中で使い、広まったようです。いつの世も、若い女性たちが流行言葉をリードしていたわけです。
てよだわ言葉は、戦前の階級意識を背景とする言葉使いなのでしょう。階級意識が希薄化した戦後、それは、裕福な、上品な、あるいは教養ある女性の象徴になったのだと思われます。高度成長期に、それが失われたのは、新たな経済的ヒエラルキーの誕生、物質文明化などが背景にあると思われます。そもそも言葉は、時代とともにあります。その時代、時代で、最も効率よくコミュニケートできる言葉が選ばれ、時代の空気を表していくのでしょう。
いつの時代にも、若い人たちの言葉を、嘆かわしい、という世代が存在します。ただ、その人たちも、若いころ、先輩たちに、言葉使いがなっておらん、と言われていたのでしょう。もし紫式部が、現代の高齢者層の言葉使いを聞いたなら、「まじ、うざいんだけど」と言うかもしれません。
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