2020年5月19日火曜日

神軍平等兵

「ゆきゆきて、神軍」は、ドキュメンタリー映画史に名を刻む、87年原一男監督の傑作。多くの賞を受賞していることに加え、例えばマイケル・ムーア監督が生涯ベストとして本作をあげる等、世界中で高く評価されています。自称「神軍平等兵」奥崎謙三を追ったフィルムは、戦争と個人というテーマをとことんえぐりました。

奥崎は、兵站無視で知られるニューギニア戦線に工兵として参加。千数百名の連隊で、生き残ったのは奥崎を含め30名。ジャングルのなかで敗走を続け、ほとんどが飢えとマラリアで命を落とします。奥崎は、幸いにも捕虜となったために生還します。戦後、バッテリー商を営むなか、金銭トラブルから悪徳不動産業者を刺殺。獄中、奥崎は、一つの考えに取りつかれます。あの悲惨な戦場から生還できたのは、自分に成すべき使命があるからではないか。神軍平等兵の誕生です。

出獄後、平等兵は進軍を開始。69年、皇居一般参賀で「ヤマザキ、天皇を撃て!」と叫びながら、ゴムパチンコで天皇を狙撃。逮捕、入獄。ヤマザキとはニューギニアで戦死した兵士を総称したと言います。グアム島では、自費で残留日本兵の救出を行います。76年、自著「宇宙人の聖書」宣伝のために、ポルノ写真に天皇家の写真をコラージュしたビラをデパート屋上からバラまき、わいせつ罪で入獄。獄中から参院選に二度出馬、二度落選。「田中角栄を殺すために記す」を出版。いつしかアナキストとして名をあげ、左翼のスターとなりました。

平等兵が、次に標的としたのは、戦場における個人の責任。「ゆきゆきて、神軍」は、その進軍に密着したドキュメンタリーです。ニューギニアで、終戦から20日後、上官が兵士を射殺した事件の真相を追い、生き残りを全国に訪ねます。皆、固く口を閉ざします。いらだった奥崎は暴力に訴えます。ついに、老人たちは、号泣しながら、事件を語り始めます。平等兵は、上官3名の殺害を決意し、手製の改造銃をもって上官宅を訪問。誤って子息を負傷させた平等兵は、お好み焼き屋から警察に電話し、自首します。

頑なに口を閉ざし生きてきた戦争経験者たちが語り始める時、必ず号泣します。彼らが、戦後過ごしてきた眠れぬ長い夜を想えば、胸が痛みます。ただ、平等兵は、そんな夜も眠ることなく、ニューギニアのジャングルに身を置き続けていたのでしょう。
                                                                                                                                                  写真出典:cinefil.tokyo

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