2020年5月16日土曜日

深川安楽亭

「いのちぼうにふろう」  出典:東宝
隅田川の河口あたりに荒れた小島があり、建屋といえば一膳飯屋が一軒。「知らない人間は入れない。うっかり島に入ったら二度と出てこれないと言われる。」山本周五郎の遺作「深川安楽亭」冒頭の一説。安楽亭は、抜け荷を生業とする極悪人のたまり場。その荒くれ者たちが、一文の得にもならないばかりか、自らの命までかけて、無垢な青年を助けにはいる。後に、小林正樹監督が「いのちぼうにふろう」というタイトルで映画化。白黒の画面に、中村翫右衛門、仲代達也、勝新太郎等といったアクの強い役者を揃えた名作でした。

江戸幕府開闢以前の墨東と言えば、本所村と亀戸村くらいしか無かったといいます。家康は、小名木四郎兵衛に命じて、行徳塩田と江戸城を結ぶ掘割を開削させます。今の小名木川です。その流域は、深川八郎右衛門らによって新田開発が進められ、海沿いには、木場に代表されるような荷上場が整備されます。その後、江戸の人口増加に伴い、北は向島、南は深川へと市街地化が進みました。

なぜ山周は、深川を舞台に選んだのか。謎めいた小島だけが理由ではないでしょう。江戸っ子の気風が最も濃いからこそ深川だったのだと思います。深川の男衆の気風は「いなせ」と言われます。粋で男気があり、向こう見ずで喧嘩っ早い。女は「おきゃん」と言われます。江戸を代表する芸者と言えば「辰巳芸者」。辰巳とは、江戸城から東南の方角にあった深川を指します。男物の羽織を羽織ってお座敷にあがり、その心意気は「芸は売るけど、女は売らない」だったと言います。安楽亭に転がり込んだ若者の無念をほっておけないのが深川の気風。この短編の主人公は、深川のいなせな気風です。

東日本一の居酒屋と言われるのが、月島の「岸田屋」。東京三大煮込みの一つとして煮込みが有名ですが、煮魚を忘れてはいけません。見た目は醤油で真っ黒、でも味はあっさり。魚の風味が活かされています。これが深川の味なのでしょう。どこか深川のいなせな気風に通じるものがあります。とは言え、岸田屋最大の魅力は、ホスピタリティですけどね。


マクア渓谷