2020年5月15日金曜日

直線裁ち

「日本の着物は、たたむと真っ平らになるところが悲しい」と言ったのは伊丹十三だったと記憶します。西洋の服は立体裁断で着心地が良い、という話の流れで筆が滑ったのでしょう。たたむと真っ平らになることは、日本の着物の大きな利点の一つです。日本人は、立体裁断を知らなかったのではなく、直線裁ちを選択したのだと考えます。

飛鳥・奈良時代は、遣隋使や遣唐使がもたらす大陸文化の影響が濃く、服装も中国風だったようです。平安期、大陸との交流が限定的になると、日本独自の服装が生まれます。その大本になっているのが直線裁ちです。生地を長方形に切る直線裁ちは、高価な反物を無駄なく使うという発想が背景にあったのでしょう。さらに直線裁ちした種々の布を自在に縫い合わせ、そして重ね着することで、日本の気候風土、とりわけ移りゆく四季への対応が容易だったのでしょう。体型に合わせるのではなく、気候に合わせるという判断をしたということです。

重ね着を前提とする直線裁ちは、さらに重要な日本文化を生み出します。それは、色です。平安文化は、自然を愛でることを教養とします。重ね着は、多様な自然界の色を表現し、服装に取り込むことを可能にしました。ちなみに、紫式部の「源氏物語」に登場する色は、実に368色だと言います。すべて鉱石・草木から染めることが可能です。「襲の色目(かさねのいろめ)」とは、パターン化された女性の袿(うちぎ)の重ねですが、複数の色を重ねることで、季節毎の自然の風情を映していたと言われます。実は、東京オリンピック・パラリンピック2020のコアグラフィックスとしても採用されています。なお、現代の産業界における色は、マンセル・カラー・システムによって体系化されていますが、それに基づくJIS規格に規定される色は269色です。今更ながら平安文化の奥深さに驚かされます。

さらに、「たたむと真っ平ら」であることは、省スペース、しわになりにくい等、実に効率的だと思います。しかも、それらを重ね着すれば、見事に立体的になります。能楽の衣装の立体感に至っては、立体裁断の衣服と同等、なしは超えています。欧州の石の家、日本の木と紙の家という比較と同じく、どちらが優れているという問題ではなく、いずれもその気候風土に根ざしているということなのでしょう。日本は、より自然界に寄り添うという発想が特徴なのだと思います。

半能「石橋」 出典:noh-theater.com

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