古来、履き物を脱いで、座って暮らす生活においては、食事は折敷等、お盆状のものを敷いて食べていたようです。それに足が付き、衝重等、お膳の原型が定着したのは平安期だったようです。その背景には、個食の思想があります。この頃、社会的にも、家庭内でも、序列や身分が定着し、身分の違う者が同じテーブルや大皿で食事することなどあり得なかったわけです。さらに、個食文化の背景には「穢れ」の発想があったようです。穢れは難しい概念ですが、ここでは公衆衛生的な穢れだと思います。要は、度重なる疫病対策だったのでしょう。
お膳が前提となれば、食器を手に持って食べことは合理的であり、匙の必要性は薄れます。食器を手に持つ文化を、精神的レベルまで高めたのは禅宗です。道元禅師が定めた食事の作法は、今でも曹洞宗で生きており、かつ現代の作法に通じるところが多いと聞きます。武家が禅宗に帰依すると、道元の作法は世間に広がり、室町期、武家故実(しきたり)の小笠原流によって体系化されます。

写真出典:輪島市