2020年4月23日木曜日

カタロニア賛歌

昨年、バルセロナで、2週間ばかりアパートを借り、ガウディはじめ高名な建築家の作品を見物しました。建築も素晴らしかったのですが、ちょうどメルセ祭りと重なり、華やぐバルセロナも楽しみました。初めてのバルセロナでしたが、マドリーやアンダルシアで感じるスペインらしさが薄いことに気づきました。独立性の高いカタルーニャだからとも言えますが、かといって強烈なカタルーニャ文化も感じません。平たく言えば、コスモポリタンな街だと言えます。その背景には、この街の歴史がありました。

ハンニバルで有名なカルタゴのバルカ家が、紀元前3世紀に建設した植民都市バルチーノが、バルセロナの起源とされます。その後、何度か繁栄した時期もありますが、おおむね地方中堅都市に過ぎませんでした。ところが、産業革命が、街を一変させます。国内外から集まった労働者で街はあふれ、セルダ設計による大拡張計画が実施されます。碁盤の目で知られる計画都市は、労働者のための住宅供給を目的に作られたものでした。つまり、バルセロナは、19世紀に突如出現した労働者の街だと言っても過言ではありません。

産業資本が、ムンタネーやガウディの斬新な建築に資金を供給し、多数を占める労働者が、無政府主義なムードの街を作ります。スペイン内乱のおり、バルセロナは左翼政権を支持、反ファシストどころか革命機運まで盛り上がります。共産党政府を支援するスターリンは、無政府主義の街バルセロナを抑圧。反ファシストの戦いの最中、共産党と無政府主義者が市街戦を繰り広げました。スターリンとトロツキーの代理戦争です。これでは、ナチスに支援されたフランコの反乱軍に勝てるわけがありません。

その渦中、国際義勇軍として戦ったジョージ・オーウェルの従軍記録が「カタロニア賛歌」。後にオーウェルは、スターリンと全体主義を批判したディストピア小説「1984」を書きます。カタロニア賛歌のなかで、オーウェルが繰り返し語るのは、カタラーノ(カタルーニャ人)の人の良さ。それを知るだけでも、ここは来る価値があると書いています。
サグラダ・ファミリアは2026年完成予定。高さは今の倍になります。

マクア渓谷