2026年5月16日土曜日

ライトレール

「人間は考える葦である」という言葉を残したブレーズ・パスカルは、早熟の天才の見本のような人だと思います。なにせ、1640年、16歳のおりに「パスカルの定理」を発表しています。その後も、パスカルの三角形、確率論、パスカルの原理などの業績を挙げ、死後には遺稿集「パンセ」が発表されています。また、パスカルは発明家、実業家としての顔も持っていました。1662年には、世界初の乗合馬車を発明し、パリで事業化しています。"Omnibus"と呼ばれたその馬車は、バスの語源ともなりました。乗合馬車は、欧州の各都市に広がり、軌道馬車、路面電車へと進化していきます。さらには進化版のライトレール(LRT)も登場し、路面電車と併せてトラムと総称されています。

路面電車は、19世紀、世界各都市へと広がりましたが、モータリーゼーションの時代を迎えると、渋滞の原因になったり、定時運行が困難になったために、徐々に姿を消していきます。路面電車に代わって多く採用されたのが地下鉄でした。時代が進み、70~80年代になると、車の渋滞解消、後には環境対策としてトラムが見直され、欧州を中心に再び勢いを取り戻します。日本でも、1930年には120近くの都市で路面電車が走っていましたが、1975年には20数都市にまで減っています。路面電車が残った街は、札幌、函館、東京、富山、豊橋、京都、岡山、広島、高知、松山、長崎、熊本、鹿児島などでした。西日本に路面電車が多く残ったのは、雪の影響が少なく、相対的に運行コストが低かったことも関係しているのではないかと思います。

日本では、欧米のようなトラム復権の例は少ないものの、富山市、宇都宮市がLRTを導入しています。富山市のライトレールは、2006年に開業しました。富山市は、コンパクト・シティ構想の数少ない成功例として知られます。少子高齢化、人口減少に対応しつつ、活力ある都市づくりをねらった富山市の構想は、公共交通の活性化、公共交通沿線への居住誘導、中心市街地の活性化を柱に進められました。つまり、LRTの整備が大きな鍵を握っているわけです。LRT導入の成否は、こうした都市計画との連動にあるのだと思います。コンパクト・シティを目指した都市は他にもあります。いずれもLRT敷設が計画に盛り込まれていました。しかし、高齢世帯のLRT沿線や中心部への移転が大きなネックとなって頓挫しています。それは単に移転費用の問題だけとは言えません。

2023年に開通した宇都宮市のライトレールも、コンパクト・シティ構想に基づき敷設されましたが、多少、富山とは色合いが異なります。宇都宮市の構想は、中心部と複数の地域拠点から構成されるネットワーク型とされます。今般、開通した宇都宮芳賀ライトレール線は、JR宇都宮駅と芳賀町の芳賀・高根沢工業団地を結んでいます。宇都宮市の東側には、鬼怒川を挟んで、芳賀・高根沢工業団地、平出工業団地、清原工業団地、さらにはテクノポリス構想などもあり、北関東随一と言える産業地帯が存在します。ちなみに、早朝、東京から宇都宮へ向かう新幹線は、いつも混んでいます。宇都宮駅の新幹線定期利用客数は、東京、大宮に次ぐほどの数になっているとのこと。その目的地の多くが、東部の産業地区になっているものと想像できます。

宇都宮市は、鉄道が南北に走り、市の中心部も東北自動車道も駅の西側にあります。また、鬼怒川に架かる橋が少ないこともあり、東部の産業地区へのアクセスは脆弱そのものでした。通勤、物量は、常に大渋滞という問題を抱えていたわけです。東部産業地域へのアクセス改善という喫緊の課題に、少子高齢化、ドーナッツ現象といった宇都宮市の新たな課題が加わることになります。そこで、東西基幹公共交通としてのライトレール構想が進んだわけです。現状、ライトレールの利用者数は予想を上回り、駅東側の開発が進み、車の通行量は平日で5千台減るなどの効果も出ているようです。ただ、産業地区へのアクセス改善の要は東北自動車道とのスムーズな連絡であり、コンパクトシティ化への要は住民の移転だと思います。ライトレール延伸計画はあるようですが、このあたりが進まないと都市計画としては掛け声倒れになる恐れもあります。(写真出典:utsunomiya-cvb.org)

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