2026年5月12日火曜日

レゲエ

ボブ・マーリーは、偉大なミュージシャンだと思います。たまに聴くと、やっぱりいいなあ、と思います。レゲエのリズムによく合う声ですし、歌い方もリズムを強く感じさせます。ラスタファリに基づくシンプルな歌詞も力強いと思います。裏打ちの2ビートが生むグルーブは、とても心地良いだけでなく、中毒性すらあるように思います。ラスタファリが大事しているガンジャ(大麻)の影響もあるのかもしれません。しかし、私はレゲエ好きというわけではありません。ボブ・マーリー以外のレゲエでは、単調なリズムに飽きてしまうからです。私にとって、レゲエはボブ・マーリー以外の何ものでもない、ということになるのでしょう。

レゲエは、ジャマイカ独自の音楽文化であるメント、スカ、ロックステディを経て、1960年代後半に生まれたとされます。1940~1950年代に人気の高かったメントは、ジャズや中南米音楽と同様、西アフリカと欧州の音楽が混じり合って誕生した音楽とされます。トリニダードトバゴ発祥のカリプソと混同されることが多いようです。メントの歌手で世界的名声を得たのがハリー・ベラフォンテです。「バナナ・ボート」は世界的なヒットとなりました。ただ、その歌は、メントではなくカリプソと思われがちです。確か似てはいますが、メントの方がゆったりとしたテンポが特徴だと思います。また、アメリカでは、カリプソの方が知名度が高かったために、マーケティング上、ハリー・ベラフォンテの音楽もカリプソとして紹介されていたようです。

ラジオが普及し始めると、ジャズやR&Bの影響を受けてスカが誕生します。スカの2・4拍目が強いオフビートは、ラジオの受信状況が悪く2・4拍目だけが強く聞こえたために生まれたという説があります。ただ、スカは、ドラム・アンサンブルと賛美歌で構成されるラスタファリのナイヤビンギの影響が強く、リズムの根源もそこにあるとされています。さらに、ジャマイカ発祥のサウンド・システムがスカを育てたとも言われます。サウンド・システムは、移動できるターンテーブル、アンプ、大きなスピーカーで構成されます。1940~1950年代はレコード・プレイヤーが普及しておらず、大衆がレコードを聴けるのはサウンド・システムだけだったようです。以降、サウンド・システムにはDJが入り、トースティングも生まれます。後のラップの原点だったわけです。

スカのアップ・テンポに疲れて、1960年代前半にロックステディが生まれます。60年代後半、それがレゲエのゆったりとしたグルーブにつながっていきます。レゲエの特徴として、2・4拍目にカッティング・ギターが強調され、ドラムは3拍目にアクセントを置き、ベースはうねるように演奏されます。ドラムは、3拍目のスネアのリムショットとキック(バスドラム)が特徴的ですが、これはボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのドラマーだったカールトン・バレットが生み出したリズムです。と言っても、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズがレゲエを作ったわけではありません。レゲエには、ジミー・クリフはじめ先人たちがいたわけですが、レゲエを確立させ、世界に広めたのがボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズだったと言っていいのでしょう。

ボブ・マーリーが世界に広めたのは音楽としてのレゲエだけではありません。世界の人々は、彼を通じて、ラスタファリを知ることになりました。ラスタ・カラーとドレッド・ヘアはレゲエを象徴するファッションとして広がりました。ラスタファリは、信仰でも、思想でもなく、宗教的思想運動とされます。それも理解しにくいところではありますが、最も引っかかるのがジャー(神)です。ジャーと呼ばれているのは、1975年まで存命だったエチオピアのハイレ・セラシエ1世です。ラスタファリが、アフリカ回帰運動でであることも理解できます。ハイレ・セラシエ1世が聡明な皇帝として知られていたことも知っています。だとしても、他国の存命する王を神として崇めることは、違和感の塊だとしか言いようがありません。(写真:映画「One Love」ポスター 出典:tower.jp)

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