2026年4月18日土曜日

アメリカ海兵隊

佐世保の米海軍基地に配備されている強襲揚陸艦トリポリが、沖縄の海兵隊を乗せてペルシャ湾へ向かったというニュースが流れた頃、友人が、米軍の艦艇なのにアフリカの地名なのは不思議だと言っていました。米海軍には人名を冠した艦艇が多いのですが、海兵隊が乗艦する強襲揚陸艦に関しては、海兵隊が活躍したかつての戦場名が多く付けられています。イオー・ジマやオキナワ等もありました。 トリポリは、リビアの首都ですが、19世紀初頭、オスマントルコ配下の国だった頃、米国とバーバリ戦争を戦っています。アメリカ海兵隊にとっては、初の海外遠征であり、その勝利は誇るべき歴史とされています。

世界各国の軍は、多くの場合、陸・海・空の3軍構成になっていますが、アメリカでは、さらに海兵隊、沿岸警備隊、宇宙軍を加えた6軍体制になっています。各国には海兵隊に類した部隊が海軍や陸軍傘下に存在します。しかし、軍として独立しているのはアメリカ海兵隊だけです。素人にとって海兵隊は陸軍との違いが分かりにくい面があります。その独立性は、アメリカ国内でも議論があったようです。現在のアメリカ海兵隊は、上陸戦を主とした外征専門部隊です。緊急展開する先鋒部隊としての役割を担っています。しかし、16世紀、スペインで初めて海兵隊が誕生した頃の役割は大いに異なっていました。当時の海戦は、敵艦船に接舷・移乗したうえでの白兵戦でした。その戦闘員として、さらには上陸戦、水夫の規律維持のために海兵隊が生まれています。

アメリカ海兵隊は、アメリカ独立戦争中の1775年に創設され、戦争の終結とともに解散しています。そして、フランスと緊張状態が高まった1798年に再結成されます。その後、海兵隊は、米墨戦争、第一次世界大戦等で活躍するものの、接舷白兵戦や艦艇内治安維持といった役割が薄れたことから、独立した軍としての存在意義が問われることになります。その状況に大きな変化をもたらしたのが、日本の南太平洋への進出でした。海兵隊は、日本本土侵攻作戦を立案し、1924年には、陸海軍合同会議で正式採用されます。第二次世界大戦が勃発すると、陸軍は欧州戦線に兵力を取られ、太平洋戦線は海軍が担うことになります。しかし、地上戦力を持たない海軍は海兵隊に頼らざるを得ませんでした。つまり、海兵隊は、その存在意義を対日戦で確立したわけです。

太平洋戦争を主力として戦った海兵隊ですが、硫黄島での戦闘は特に名高く、擂鉢山に星条旗を掲げる海兵隊員の姿は、アーリントンの海兵隊戦争記念碑として、海兵隊の象徴ともなっています。第二次大戦後の海兵隊は、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、中東における戦争等、多くの戦争や紛争で外征部隊として先陣を切る活躍を見せ、その存在感を高めます。その間にも、海兵隊は、その兵員数、陸上車両、航空機を拡大し、一国の軍と見まごうばかりになっています。今も世界各地に展開する海兵隊ですが、存在意義の根幹を成しているのは対中国戦だと聞きます。現代にあっても、外交努力を別とすれば、戦争の終結には地上軍による侵攻が必須とされています。それは理解できますが、近年の兵器や戦術の変化を考えれば、もはや敵前上陸などあり得ないように思います。

近代的な敵前上陸は、第一次大戦中のガリポリの戦いに始まるとされています。連合国が、オスマントルコの首都コンスタンチノープル占領を目指してガリポリ半島で行った上陸作戦です。結果的には、オスマントルコの激しい抵抗の前に、作戦は失敗に終わっています。しかし、その反省から、上陸作戦に関する装備や戦術の近代化が図られ、ノルマンディー上陸作戦、あるいは仁川上陸作戦の成功につながります。昨今、衛星やドローンによる正確な偵察情報、ミサイルやドローンによるピンポイント爆撃、火力支援を伴うヘリボーンの展開等を考えれば、海兵隊が得意とするような敵前上陸の時代は終わったように思います。紛争レベルにおける外征専門部隊、緊急展開部隊としての海兵隊の意義は失われていないとしても、対中国戦などを想定すれば、軍としての独立性は難しいところにきているように思えます。(写真出典:4travel.jp)

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