会社に入社して3年目の頃、同じ部の先輩に、毎週7~8冊ばかりの本を買う人がいました。当時、八重洲ブックセンターには得意先の割引制度があり安く本が買えました。電話注文すると会社へ配達してくれるので、先輩の購入状況も分かるわけです。その先輩のご自宅は井の頭公園のそばにあり、花見に来いと呼ばれたことがあります。庭は、8畳ほどのプレハブ小屋で占められ、中はぎっしりとアルミの書棚が並んでいました。驚いたことに、蔵書は、ラベルとカード目録で管理されており、まるで図書館そのものでした。当時、先輩たちには、蔵書数を知性のバロメーターとするような価値観があったように思います。しかし、この先輩について言えば、読書好きを通り越して、蔵書自体が目的化されたマニアックなコレクターだと思いました。
また、別な先輩は、蔵書で家の床が抜けそうになり、蔵書の収納を大前提とした家を建てました。学究肌で、エコノミスト的な活動も行っている先輩ですから、単なるコレクターとは多少異なる面があります。過日、その先輩と話していた時のことですが、話題が”NHKオンデマンド”に及びました。その存在を知らなかった先輩が”えっ!そんなものがあるのか!じゃ、俺のこれまでの努力は何だったんだ!”と絶叫したのです。先輩の書庫は、新聞の切り抜き、果ては少女漫画まで含むという幅広さで有名でした。書籍類に留まらず、TVの録画まで収蔵していたわけです。もはや国会図書館に近いなと思いました。その先輩には、今から思い切った整理を始めないと、お子さんたちに大迷惑をかけますよ、と自分の経験に基づいたアドヴァイスをさせてもらいました。
私の父は、農業経済に関する学究的な活動も行っており、十数冊の著作もあります。本を書くには、当然、参考資料も必要となります。父はコレクターではありませんが、やはり蔵書は多かったと言えます。晩年も、難しい本を読むことがボケ防止だと言って、書籍の購入は続けていました。このままだと本の置き場所だけでなく、死後整理も大変になると思い、専門性の高い本を公立図書館や専門機関などに寄贈してもらいました。それでも、亡くなった時には、結構な数の本が残っていました。育った時代のせいか、私は本を捨てることに抵抗があります。そこで古本屋に持ち込むわけですが、値の付く本など限られています。結局、多くの本は、タダ、ないしはタダ同然で引き取ってもらうことになります。引き取ってもらえるだけ、有りがたいと思うべきなのでしょう。
ここ十数年は、本が増えないようにと思い、可能な限り、Kindleを使っています。バックライトがあったり、スマホでも読めたり、と便利な点は多々あるのですが、正直なところ、いまだに紙の本の方がいいなと思っています。私は、ノンフィクション系の本を読む際、気になった箇所があればページの端を折り込みます。Kindleにも、類した機能はあるのですが、どうも使い勝手が悪く、さほど活用していません。しかし、電子書籍最大の問題点は、所有権なのだと思います。電子書籍は、閲覧権、あるいは利用権を購入しているだけであり、所有権はありません。従って、売却することも、人にあげることもできません。分かりやすく言えば、電子貸本というわけです。その仕組みからして理解できるところはあります。しかし、それならば、紙の本よりも、もっと安くすべきではないかと思うわけです。(写真出典:maidonanews.jp)
