2026年4月14日火曜日

ジェイウォーク

アメリカで”ジェイウォーク(Jaywalk)” と言えば、歩行者が横断歩道以外で道を横断することを言います。もともとは、20世紀初頭、道路の反対側を走る、つまり逆走する馬車の御者を”ジェイドライバー”と呼んでいたのだそうです。”jay”とは、当時のスラングで愚か者、田舎者を意味していたようです。次第に交通ルールやマナーを守らない馬車の御者や自動車の運転手を指すようになり、さらには同様の歩行者についても”ジェイウォーカー”と呼ぶようになったとのこと。ちなみに、アメリカで下手な運転をしていると”サンデー・ドライバー!”と怒鳴られます。日曜にしか運転しないほど車になれていない人という意味です。

当時の田舎の道には横断歩道など無かったのでしょうから、都会の人が”田舎者!”と馬鹿にするのも理解できます。ただ、先に存在していたのは歩行者であって、馬車でも自動車でもありません。どこで道を横断しようと歩行者の勝手であり、横断する歩行者がいたら車が停止すべきではないかと思います。一般的な認識としては、馬車や自動車の通行量が増えてきたので、歩行者の安全を守るために横断歩道が生まれたということになのでしょう。しかし、横断歩道を渡りなさいという法律は、必ずしも、実情や世論を背景に成立したわけではなさそうです。横断歩道に関する初の法律は、1925年、LAで成立していますが、その背景には、自動車業界によるキャンペーンとロビー活動があったようです。人よりも自動車とビジネスが政治的に優先されたわけです。

自動車産業の勝利ではありますが、当時、T型フォードのヒットもあって、アメリカはモータリゼーションの時代を迎えていたことも事実です。法の成立経緯は別としても、横断歩道は人と車の共存を図ったという理解もできます。しかし、日本の道路交通法のように、歩行者に横断歩道を渡る義務を課し、違反すれば罰金を科すというのは主客転倒のようでもであり、如何なものかと思います。もっとも、法律はあっても、それで捕まり、罰金を払ったという人は聞いたことがありません。それならば、法律は無用、ないしは努力義務にすべきではないか、とも思います。昨年、NYでは、ついに法改正が行われ、ジェイウォークが合法化されました。実態を踏まえた改正と聞きます。実態を踏まえるまで、随分と時間がかかったものだと思います。

また、歩行者信号を守るべきかどうか、という問題もあります。ここは、国による違いが大いに出ていると言えます。NYやフランスでは、信号を遵守せよという法律は存在するようですが、ほとんどの人が信号を無視して、自ら車が来るかどうかを見定めて渡っています。イギリスでは、歩行者信号遵守の法律そのものがないようです。自己責任というわけです。つまり、歴史的に市民革命の経験を持つ国では、法が存在するかどうかに関わらず、歩行者信号が無視される傾向にあるわけです。社会の根底に個人主義が根付いているということなのでしょう。一方、車が通っていなくても信号を守るのは、日本、そしてドイツだと聞きます。民族的特性と言えるのかもしれませんが、20世紀初頭、両国が全体主義国家だったことを思えば、実に興味深い話です。

昨年、自動車運転免許の更新に際し、高齢者講習なるものを受けました。机上と実技の講習、各種視力の検査がありました。更新の可否を決める試験ではありませんが、自分の運転傾向が明らかになり、なかなか面白かったと思います。その際、道路上の菱形のマークの意味を知りました。この先に信号のない横断歩道があることを警告する道路標識です。たまに見かけるのですが、それが意味していることは知りませんでした。講習後、講師と雑談した際、これは最近出来た標識なのか、と聞いてみました。いや、昔からありますよ、と聞かされ、ショックを受けました。恐らく、免許取得の際に習ってはいたのでしょうが、記憶から飛んでいたわけです。50年間、まったく気にしてこなかった、あるいは気にする必要性がなかったということなのでしょう。(写真出典:seiwa.co.jp)

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