2025年7月10日木曜日

「フォーチュン・クッキー」

監督:ババク・ジャラリ  原題:Fremont   2023年アメリカ

☆☆☆

微妙な邦題を付けたものだと思います。原題のFremontは、サンフランシスコ・ベイ・エリアの街です。シリコン・バレーに近く、かつアメリカで最もアフガニスタン系移民の多い街としても知られます。アフガニスタン系移民を描いた映画ですから、原題のままで良かったと思います。ただ、日本ではそこまで知られている街ではないので、このような邦題にしたのでしょう。やや誤解を与えかねない邦題だと思います。Fremontにアフガニスタン系移民が入ってきたのは、1979年、ソヴィエトがアフガニスタン紛争に軍事介入して以降のことだったようです。なぜ、Fremontだったのかはよく分かりません。しかし、2001年、アメリカがアフガニスタンに軍事介入して以降、アフガニスタン移民や難民の流入が急増したようです。

2021年8月、カブールはタリバンに占領され、アメリカ軍は空港から最終脱出します。その際、タリバンから逃れたいアフガニスタン人が多数空港に押し寄せ、飛行機に群がる光景がニュース映像として流れました。対米協力者は、タリバンに逮捕され、拷問され、殺害される運命にあります。彼らにとって、国外脱出できるかどうかは、まさに生死の分かれ目だったわけです。本作の主人公ドーニャは、大学を出て、米軍の通訳として働いていました。国を出たい一心で通訳になったドーニャですが、家族からも裏切り者扱いされます。脱出しなければ、タリバンに殺されること間違いなしの状況だったのでしょう。ラッキーなことにアメリカに渡ることが出来たドーニャは、Fremontに住み、中国人が経営する小さなフォーチュン・クッキー工場で働きます。

国でも孤立していたドーニャは、Fremontでも孤独な生活を送っています。生き残ったものの、明らかに紛争の犠牲者の一人です。怒りのぶつけどころがなく、ただ絶望感だけが漂う日々が、白黒の画面で淡々とスケッチされます。周囲のアフガニスタン移民たちも、同様に抜け殻のような人々です。ここFremontにも瓦礫だらけとなった戦場跡があったわけです。自然主義的な描写は、控えめで、静かにドーニャの孤独を伝えます。ある日、ドーニャは、自分の名前と電話番号をクッキーの中に入れます。たまたまそのことを知った中国人経営者の妻は、ちょっとした悪巧みを仕掛けます。それと知らず、ドーニャは、クッキーのメッセージに反応したと思われる誘いにのって、長時間のドライブに出かけることになります。

ドーニャは、孤独で退屈な日々から逃れたいと思ったのでしょう。それは、カブール脱出を思わせるところもあります。カブール脱出は、自らの意志というよりも、状況に強いられた脱出でした。ドーニャが生き延びるために脱出した先には、生きる意味が見いだせないという皮肉な状況がありました。クッキーに忍ばせた自分の電話番号は、自らの意志で光を見いだそうとする微かな抵抗だったのでしょう。ドライブの途中、ドーニャは、田舎町で一人で整備工場を運営する孤独な青年に出会います。自分と同じ匂いにドーニャは反応します。目的地で、中国人の姑息ないたずらに気付いたドーニャは、失意の帰り道で、また整備工場を訪れます。

ドーニャは、祖国から続く長いトンネルの先に、微かな光を見出したわけです。アフガニスタンは、地形のためか、遊牧民のためか、先史時代から部族社会が続き、一度も完全な統一がなされたことのない国です。ソヴィエトであろうが、アメリカであろうが平定することなど出来ず、むしろ混乱を広げただけでした。故郷から遠く離れたFremontであっても、難民を取り巻く厳しい状況に変わりはありません。しかし、ドーニャは、決してあきらめません。環境に抗って前を見ようとしています。アフガニスタンの希望は、こうした若者たちの思いの先にしかないのかもしれません。ドーニャ役を演じたアナイタ・ワリ・ザダの強い意志を感じさせる鋭い眼光が、この映画の背骨を作っていると思います。いい役者を見つけたものです。(写真出典:imdb.com)

「フォーチュン・クッキー」